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遠征⑪小江戸・川越『喜多院』~天台宗 星野山 無量寿寺 喜多院~
家康公の法要が行われた徳川家に縁が深いお寺✨御朱印も拝領 (*´∀`*)
客慈覚大師が天長7年(830年)創建。江戸時代初期には、天海大僧正が第27世住職をつとめた。駿府で没した徳川家康公の遺骸を日光山へ運ぶ途中で法要が行われたお寺で、江戸城から移築された三代将軍徳川家光と春日局(乳母)に縁ある建物などの文化財が沢山ありますが、時間の関係でザックリの参拝となりました… 次はゆっくり!
広い境内では 「菊まつり」 も開催され、老若男女+外国人観光で賑わっていました♪
11月なのに暑くて、、冷え甘酒をいただき休憩 (*´μ`*)

鐘楼門 国指定重要文化財
建立年代ははっきりとしていませんが、寛永10年に東照宮の門として鐘楼門が建立された記録が残る。当時の東照宮は今の慈眼堂の場所にあり、鐘楼門が再建の記録もないことから、寛永15年の川越大火で焼失を免れた可能性もあるそうです。

多宝塔 県指定有形文化財
総高13m、方三間の多宝塔~本瓦葺、上層は方形、上層は円形、その上に宝形造りの屋根がのる~江戸時代初期の多宝塔の特徴✨
寛永16年に、山門と日枝神社の間にあった古墳の上に建立。老朽化が進み明治に慈恵堂と庫裏玄関との渡り廊下中央部分に移築。その際に大幅に改造されていたので、昭和48年に現在地へ移し解体修理で復元。






830年淳和天皇の勅命により慈覚大師・円仁が無量寿寺として開創したと伝わる。
元久年間(1204年~1206年)兵火により焼失したが、1296年尊海が再興した。
1537年北条氏綱と上杉朝定の兵火で再び焼失し衰退する。
1599年天海僧正が入寺し再興、寺号を喜多院と改めた。
1612年川越藩主老中・酒井忠利により大修繕が行われた。
1638年川越大火で山門と鐘楼門以外の伽藍を焼失するが、同年川越藩主・堀田正盛が復興に着手する。
1639年徳川家光の命により江戸城紅葉山御殿の一部を移築し、現在客殿、書院、庫裏として伝わっている。
客殿の上段の間は「家光公誕生の間」、書院は「春日局化粧の間」と呼ばれる。
客殿(1638年建立)、書院(1639年建立)、庫裏(1638年建立)、山門(1632年建立)、鐘楼門(1702年建立)、慈眼堂(1645年建立)が重文指定されている。
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