のうにんじ|曹洞宗|武陽山
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楽しみ方能仁寺のお参りの記録一覧
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能仁寺は飯能市飯能にある曹洞宗の寺院で武陽山と号します。本尊は蘆遮那仏像。中山家勝が通幻派の名僧、斧屋文達師を招いて文亀年間(1501-1503)に創建したと伝えられ、子の家範が寺院としての寺容を整えたといわれます。天正19年5石の朱印状を拝領、宝永2年(1705)には50石の朱印状を拝領し、末寺20ヶ寺を擁する中本寺格の寺院でした。幕末の飯能戦争時に振武軍の本陣となったため本堂をはじめ悉く焼失しましたが、本堂は昭和11年に再建しています。
飯能戦争
飯能戦争とは戊辰戦争の地域戦の1 つで、渋沢成一郎、尾高惇忠、渋沢平九郎等の渋沢栄一の縁者が中心となって結成した振武軍などが、新政府軍と戦った埼玉県内唯一の戊辰戦争の戦場です。
振武軍ら旧幕府軍が田無から箱根ヶ崎を経て飯能の能仁寺など市内の6つの寺に駐屯してました。
新政府軍は田無に入ります。そこで振武軍らが飯能にいるという情報を得ると、翌日には扇町屋(現在の入間市)へ進軍しました。そして5月23日未明、笹井(現在の狭山市)で双方が遭遇したことにより戦いの火蓋が切られます。ここで旧幕府軍を撃退した新政府軍は、夜明けを待って進撃を開始しました。
戦いはわずか半日で終わり、新政府軍が勝利します。敗れた幕府軍の兵士たちの中には渋沢栄一の縁者たちの姿もありました。そのうち渋沢成一郎と尾高惇忠は伊香保へ逃れることができましたが、二人とは別の道を行った渋沢平九郎は逃げ切ることができず、自刃という最期を迎えました。
能仁寺での参拝後、折角ここまで来たので天覧山へ登頂を決意しました。最初は安易な登山道と思いきや休憩所から先の山頂間際は険しい山道でした。スニーカーでなくウォーキングシューズでよかったと思いました。山頂からの展望は良く、新政府軍の進軍は何の辺を通ったのか辿ってしまいました。
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高麗坂東三十三観音霊場 第13番
宗派は曹洞宗、ご本尊様は毘盧遮那仏。
西武池袋線飯能駅から徒歩20分ちょいのところに居られます。
山を背にしていることもあって、その登り始めのような感じで
境内は広くてとても掃除がきちんとされていて清々しいです。
芸術作品が展示されていたり、庭園も有名ですね。
慶応4年(1868年)に起きた飯能戦争の舞台になっていたようで戦火に寄って殆ど焼失しちゃったそうです。
御詠歌のデザインされた手ぬぐいが素敵だったので、御朱印を頂いた際に求めておけばよかったなぁと。
庭園も鑑賞していないし、近くに発酵食品のテーマパークも出来たみたいだし(この時はまだ工事中でした)
またゆっくりとお詣りしたいなと思ってます。
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