こしがやひさいずじんじゃ
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楽しみ方越ヶ谷久伊豆神社のお参りの記録一覧
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社殿によると平安末期創建の歴史ある神社にお参りにあがりました。
駐車場から入るとすぐ手水舎です。少し参道を戻ってからあがり直しましたが、長い参道は500メートルにもなる参道が続きます。
赤と緑の銅板が青空と合います。
拝殿横の足止めの狛犬さんが珍しく拝見しました。
手水舎の龍🐉彫刻も見事です😍
伊勢神宮より撤下された材で作られた第三鳥居⛩️、藤棚の先の大きな神池と見所たくさんでした。
主祭神
大国主命(おおくにぬしのみこと) 言代主命(ことしろぬしのみこと)
配祀
高照姫命(たかてるひめのみこと) 溝咋姫命(みぞくいひめのみこと) 天穂日命(あめのほひのみこと)
御由緒
久伊豆神社は久伊豆大明神と古来氏子・崇敬者から崇められてきた、国造りの大神・縁結びの神・福の神として知られる大国主命(おおくにぬしのみこと)(大国さま)と、その御子神で父神と共に代表的な福の神である言代主命(ことしろぬしのみこと)(恵美須さま)を主祭神とし、また配祀として大国主命の御女子神である高照姫命(たかてるひめのみこと)、言代主命の御妃である溝咋姫命(みぞくいひめのみこと)、そして皇祖天照大御神(あまてらすおおみかみ)の第二の御子であり、出雲国造いずもの(くにのみやつこ)の祖先神である天穂日命(あめほひのみこと)の三柱を奉斎しています。 ご創建の年代は不詳ですが、平安時代中期以降には武士団武蔵七党の一である私市党(騎西党)の崇敬も篤く、除災招福の神として武士や庶民の信仰を集めてきました。応仁年間には伊豆国宇佐美の領主である宇佐美三八郎重之が埼玉郡騎西の地を領するところとなり当神社に古刀を奉献し、篤く尊崇したといいます。
近世に入ると、徳川将軍家も篤く崇敬し、二代将軍秀忠、三代将軍家光も鷹狩りに際して参拝、休憩したと伝えられています。 また当神社は古来、現在の越谷市の中核となった元の四丁野村、越ケ谷宿、大沢町、瓦曽根町、神明下村、谷中村、花田村の七ケ所の総鎮守とされ、当神社の神宮寺として天文四年に開基された迎摂院(越谷山神宮寺)は五石の朱印を与えられました。 このように、当神社は往古より武士・庶民の崇敬・信仰を多く集めてきた御神威・御神徳により、明治の御維新の後は当地の総鎮守として明治六年四月に郷社に列格されております。以来、ご社頭はますますの繁栄、賑わいを見せて現在に至り、今日では氏子区域のみならず、県下はもとより広く全国に亙って信仰崇敬を集めております。





参道が長く、境内には大きな池があり、藤棚など散歩にも良さそう。今日の暑さでも木陰なら休憩していられます。
素晴らしい神社ですが御朱印にはちょっと残念な思いが残りました。
今は切り絵版のみとのことで1枚1000円、但し、寄付とは言わないのでしょうが500円以上の賛助が必要とのこと。切り絵はいらないのですが、御朱印目当てで来たので1500円納めて来ましたが、御朱印は参拝の証として頒布いただくものです。御朱印ブームで来た参拝者に、高い御朱印だけに限定して、更に賛助が条件とは。それも500円でなく500円以上とのこと。
趣旨に賛同すれば寄付や賛助はしてきていましたので、帰りの車でモヤモヤが解消されずに家に着いてしまいました。ホトカミでは悪口になるようなことは書かないようにして来ましたが、気持ちが整理されなくて書いてみました。不愉快に感じられたらすみません。忘れてください。
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