ちちぶいまみやじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方秩父今宮神社のお参りの記録一覧
絞り込み


埼玉県秩父市 秩父今宮神社 八大龍王宮。
境内に入るとスッと落ち着く。そして中央に聳え立つ御神木(龍神木)にしばし魅き込まれる。すばらしい。茅の輪あり、湧水あり。御神木には梟が住み……。また来たいな。
【由緒】
秩父今宮神社は日本有数の古社である。信州諏訪の勢力が西暦100年前後に秩父に移住、この地に湧き出づる武甲山からの霊泉に「水神」を祀ったのが始原といわれるが、有史時代に入ると、この霊泉に国生みの神である「伊邪那岐・伊邪那美」(イザナギ・イザナミ)の二神が祀られるようになった。
天武天皇元年(西暦672年)の壬申の乱の前後に、秩父の勢力は修験道の開祖「役行者」(えんのぎょうじゃ)の導きで天武帝に協力したと伝えられている。それを境に秩父は発展を遂げる。役行者は秩父に修行に訪れ、霊泉の傍に観音菩薩の守護神である「八大龍王」を合祀し、のちにこれが「宮中八神」と習合され、「八大龍王宮」または「八大宮」と呼ばれ、秩父修験の中核となった。
平安時代初期天長2年(825)には空海が来遊して橋立寺の洞窟内部に道場を開き、37日間の護摩秘呪を行う。橋立寺はのちの今宮坊ゆかりの一寺。永観2年(984)「大宮山満光寺」、長暦2年(1038)「長岳山正覚院金剛寺」が開山され、さらに平安後期には熊野権現が勧請され、宮中八神と大日如来の習合した「八大権現社」が建立された。
京都の今宮神社から須佐之男大神(スサノオノオオカミ)をこの地に勧請したのは天文4年(1535)。疫病が猛威をふるったため、病魔退散を願って勧請された。永禄12年(1569)本山派修験聖護院直末二十六寺の一寺となり、諸国先達二十九寺の一寺ともなる。その頃は広大な敷地(20万坪)に修験道場や神社、仏寺観音堂などが混在していた。
江戸時代には「今宮八大宮」「八大権現社」と呼ばれる神社と「長岳山正覚院金剛寺」「大宮山満光寺」「今宮観音堂(札所十四番)」「橋立観音堂(札所二十八番)」を配下に治め、総称「今宮坊」とされ、神仏習合の一大霊場となった。
明治元年(1868)、明治政府の神仏分離令により修験道は廃止、「今宮坊」も解体を余儀なくされ、今宮神社(八大宮)と今宮観音堂(現・札所十四番)、橋立観音堂(現・札所二十八番)に分離され、独立して管理されるようになったが、御神体、御朱印、社宝、古文書等は謄写に継承されて現在に至っている。
秩父市グルメ①此処の近くは、豚味噌漬けのせかい、蕎麦なら大むら、ラーメンはいとう、喫茶ならぢろばたといったところか。
もっと読む



埼玉県秩父市の中心部に鎮座する神社で、「今宮神社」、「八大龍王宮」とも称される。
古来より霊泉の地として伊邪那岐大神・伊邪那美大神が祀られていた所で、そこへ大宝年間(701〜704)に役小角が神仏混淆の考えに基づいて八大龍王を祀る「八大宮」を建立したとされる。
さらに天長2年(825)に当所を訪れた弘法大師が大日如来を宮中八神と結びつけたことにより仏教寺院としての性格を強め、「大宮山満光寺」や「長岳山正覚院金剛寺」と呼ばれた時代もある。
天文4年(1535)、流行する疫病への対策として京都の今宮神社から須佐之男命(牛頭天王)を勧請して今宮神社を創建し、永禄13年には全体を「長岳山今宮坊」と称するようになった。
明治に入って神仏判然令に従って仏教寺院として今宮観音堂を切り離し、「今宮神社」となった。

1日目の最後は秩父今宮神社に行きました。
秩父神社とどちらにするか迷いましたが、秩父神社はほば毎回参拝してるのと、御朱印が一種類しかないのでぶっちゃけ飽きたので今回はこちらにw
神仏習合の色濃い修験道系の神社なのでなかなか楽しい♪
神と観音、さらに役行者のパワーまで一気に授かれる贅沢な神社(*`艸´)
御朱印は常時受けられるものが6種類。
(他に特定日しか受けられない金文字の一粒万倍御朱印というのがあります)
このうち最も基本の今宮神社と八大龍王宮のものは前回いただいたので、今回は役小角と龍上観音の4種類をいただくことにしました。 しかしここでちょっと疑問が・・・
観音様の御朱印って、神社用とお寺用の御朱印帳のどちらに受けるべきなんだろう?(´・ω・`)
迷ったあげく文字だけの朱印は神社用、観音様の朱印は寺用に描いてもらったのですが・・・観音様にだけ思いっきり「秩父今宮神社」とか入ってた orz
やっぱり全部神社用朱印帳の方に描いてもらうべきだったか?(*_*;
次に行った寺が偏屈で、これに難癖付けられて断られたりしなきゃ良いですが・・・(^_^;)



今回は秩父の神社巡り。
まずは秩父今宮神社で御朱印を頂きました。
一粒万倍日の為、龍の字は金字での拝受となりました。
6つ頂きました。
今宮神社、八大龍王宮、龍、厄尊神、神変大菩薩、龍上観音です。
秩父今宮神社で御朱印帳を頂きました。
この御朱印帳は前から欲しかったので
拝受できてよかったです。色は青を選びました。
龍の絵柄がカッコいいですね。
白竜守りを頂きました。
秩父今宮神社は14番札所の今宮坊の近くです。
入口に鳥居はなくしめ縄ですね。
秩父今宮神社のご祭神は伊邪那岐大神・伊邪那美大神
須佐之男大神、八大龍王神
宮中八神、役尊神、聖観世音菩薩・馬頭観世音菩薩、弁才天です。
竜神木は欅の木で樹齢1000年は越えていると言われています。
龍の住処とされています。
厄尊神祠は厄尊神を祀っており、
秩父今宮神社の清龍の瀧です。
お清めの霊水で銭洗いや水占いに使われます。
龍上観音は龍神池の樹の中の洞に鎮座します。
摂社には稲荷神社、天満宮、弁財天、馬頭観音などが鎮座していました。
とても神聖な場所に感じました。
#秩父今宮神社
#埼玉県
#秩父市
#御朱印
#御朱印帳


秩父今宮神社は、埼玉県秩父市にある神社。旧社格は村社。「八大龍王宮」とも称される。
社伝によると、役行者の役小角が、伊弉諾・伊弉冉両大神が祀られていたところに八大龍王を合祀して八大社としたのが始まり。その後、大日如来習合、観音堂・弁天堂が創建され、神仏習合の寺院として発展。安土桃山時代の1535年に疫病が流行し、京都の今宮神社から須佐之男命を勧請して今宮神社を創建。この一山を総称して聖護院直末の「長岳山今宮坊」と称した。江戸期には幕府から朱印地を下賜された。明治期に神仏分離令によって今宮神社と今宮坊(秩父三十四ん観音霊場14番)に分離された。
当社は、秩父鉄道・秩父駅の南西1kmの住宅街の中にある。境内は広くも狭くもないが、入口の神池から始まって、社殿、八大龍王の大木、摂末社、観音像と、見るものがたくさんあって面白い。社殿脇に社務所があって、神職の方が常駐していて御朱印・授与品を拝受できる。
参拝時は平日の午後一、秩父観光と思しき女子大生グループや家族連れ、地元民風オジサンなど、ぱらぱらと参拝に来ていた。
もっと読む

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ




























































