だいえんじ|曹洞宗|龍河山
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埼玉県 秩父市 上影森 に境内を構える、龍河山 大渕寺、2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 龍河山、寺号は 大渕寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 聖観世音菩薩 (伝説では、弘法大師の作) 秩父札所三十四観音霊場 第二十七番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩 日本百観音 の一つ、創建年代は不明と在りますが、口伝によれば、その昔、諸国の霊場を行脚していた「宝明」という僧侶が この地で難病に伏して7年が経過していた。そこに 弘法大師空海 が立ち寄り、宝明のために 空海は、観音菩薩像を彫って与えた。宝明は空海作の観音像に祈願したところ、病気も快癒した。宝明はこれを私物化すべきでないとし、村人とともに観音像を安置する堂宇(観音堂)を建てたという。この伝説に従えば、平安時代初期に創建されたということになる、
当初、観音堂は現在の「護国観音」の辺りの山の上にあり、月影清らかということから、いつしか「月影堂」と呼ばれるようになり、幕末期にふもとに移された、
1919年(大正8年)、秩父鉄道の蒸気機関車から排出される火の粉で、当寺は全焼した。観音像は無事であったが、月影堂は再建されず、大正11年(1923年)に再建された本堂内に安置されることになった。1996年(平成8年)に月影堂は再建され、観音像も移されました。札所27番 龍河山 大渕寺(秩父市指定史跡 昭和40年1月25日指定)
授与品
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大渕寺の観音堂は、明治・大正と二度にわたる大火災で観音堂を全て焼失した。その後、本堂と観音堂を兼ねた仮堂として再建されていたが、平成8年(1996年)裏山を切り開き、三間四面の月影堂(観音堂)が再建された。
本尊は聖観世音菩薩で、微笑んでいるようにみえる聖観音像である。昔、宝明という名の行脚僧がこの影森の地で病に倒れた。そこへ訪れた弘法大師は宝明からの病の話を聞くと、聖観音像を彫り与えた。宝明は病の回復を祈願し、礼拝を続けた。するとどうした事か病が完治した。これに歓喜した宝明は、聖観音像を本尊として観音堂を建立したという。
大渕寺の情報
| 住所 | 埼玉県秩父市上影森411 |
|---|---|
| 行き方 |
大渕寺の基本情報
| 名称 | 大渕寺 |
|---|---|
| 読み方 | だいえんじ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0494-22-5259 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.chichibufudasho.com/313/1-26 |
巡礼の詳細情報
詳細情報
| ご本尊 | 聖観世音菩薩 |
|---|---|
| 山号 | 龍河山 |
| 宗旨・宗派 | 曹洞宗 |
| ご由緒 | 大渕寺の観音堂は、明治・大正と二度にわたる大火災で観音堂を全て焼失した。その後、本堂と観音堂を兼ねた仮堂として再建されていたが、平成8年(1996年)裏山を切り開き、三間四面の月影堂(観音堂)が再建された。
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| 体験 |
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