ほんしょうじ|日蓮宗|妙光山
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楽しみ方本昌寺の御由緒・歴史
歴史詳細情報

妙光山本昌寺は寛永11年(1634)5月26日開山、堯蔵院日受上人によって創立されました。その後、安永5年8月に再建。向かいにあった蓮華山妙法寺は寛永17年(1640)開山、本妙院日要上人によって創立された日蓮宗の寺院です。
明治27年に本昌寺と妙法寺は合併され、本昌寺の寺号は妙法寺に、妙法寺の寺号は河内の福泉町へと移されました。
現在の本昌寺の場所は、旧妙法寺のお寺が立っていた場所という事になります。(諸説あり)
阪神淡路大震災の影響で、築200年近い本堂が傾き、その年より本堂、客殿、庫裡の建て替え工事を計画。日蓮宗の立教開宗(日蓮宗の誕生)750年に当たる平成14年4月、当山檀信徒各位様、有縁の方々のご尽力のもと無事完成落慶を迎え現在に至ります。
当山の第二祖には日蓮宗を代表する高僧、心性院日遠上人という先師がいらっしゃいます。6歳で出家し16歳で法華経を講じるその姿は、神童として称えられたとの記録があります。総本山である身延山久遠寺の法主も勤め、その際には徳川家康公より「念仏無間はそらごとである」との誓状を出せとの命令に、身延山久遠寺の山主としての立場からその命令に従わず、結果家康公を激怒させた。この時家康公の側室であり、かねてから日遠に帰依しておられた養珠院お万の方が、ともに処刑されることを家康公に願い出て、その堅固な信仰心に感じ入り日遠上人を赦免したとされている。
晩年は鎌倉に身を置いたとされ、養珠院お万の方をはじめ、たくさんの方が日遠上人のもとを訪れている。
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| ご本尊 | 日蓮宗の御本尊は、日蓮聖人が初めて紙の上に書き表された『大曼荼羅』になります。 この大曼荼羅は、日蓮聖人が魂を込めてこの世の姿を書き表したものです。 日蓮聖人が書かれた大曼荼羅は複数あるのですが、お仏壇にお祀り頂くご本尊としては、鎌倉比企ヶ谷 妙本寺に奉安されている『公安3年3月の大曼荼羅=臨滅度時の御本尊』が推奨されています。 https://ja.wikipedia.org/wiki/臨滅度時本尊 | |
|---|---|---|
| 創建時代 | 1634 | |
| 開山・開基 | 堯蔵院日受上人 | |
| ご由緒 | 妙光山本昌寺は、寛永11年(1634年)5月26日、堯蔵院日受上人という方によって創立されました。
阪神淡路大震災の影響で、築200年近い本堂が傾き、その年より本堂、客殿、庫裏の建て替え工事を計画。
当山の第二祖には日蓮宗を代表する高僧、心性院日遠上人という先師がいらっしゃいます。
晩年は鎌倉に身を置いたとされ、養珠院お万の方をはじめ、たくさんの方が日遠上人のもとを訪れている。 |
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