本昌寺の日常(26回目)|大阪府岸和田駅
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楽しみ方投稿日:2026年02月05日(木) 19時34分08秒
令和8年2月1日に奉行致しました節分星祭祈祷会、大きなトラブルなく無事に終えることができました。
ご参列頂いた皆様、ご参列は出来ないながらもお申し込みを頂いた皆様、誠に有難うございました🙇♂️
当日は、約100名ほどの方にご参拝頂き、午後2時〜、午後4時〜、午後7時〜3回に分けて祈祷会を営み、令和8年を安泰で過ごせますよう御祈願させて頂きました。
終了後は、15分ほどの御法話の後、お菓子まき、福引抽選会、厄除けおぜんざいのお振舞いと、参列者の皆様には、思い思いに楽しんでいただく事ができました。
今回、法要後のお話の評判が良かったので、こちらで共有させて頂こうかと思います。
活字にすると少し長いですが、良ければ読み進めてみて下さい。
【以下、当日の法話の内容を活字化】
ご参列、誠にご苦労様でした。
本日は本昌寺の節分星祭祈祷会ということで、私たちがどう足掻いても干渉できない領域にお力を頂くべく、一心に法華経を読誦して神仏にその功徳を手向け、どうかご加護頂けるようにと願ってご祈祷させて頂き、特別回向の諸霊には、謹んで法華経の功徳をお手向けさせて頂きました。
さて、令和8年を迎えて1ヶ月、色々と動きがありますね。
アメリカではベネズエラへの軍事作戦を敢行。国際法の観点からは問題があるものの、政治的な圧力に苦しんでいたベネズエラ国民の多くは、これを歓迎している状況であるという話を聞きました。 正義とは何かを考えさせられます。
また、日本においては衆議院の解散。
それに伴って、政策に大きな違いがあるであろうと思える立憲民主党と公明党が合流。
元立憲民主党の原口議員はそこから離脱し、ゆうこく連合という佐賀県初の国政政党を立ち上げ。 参政党・国民民主党・れいわ新選組にチームみらいなどなど・・・まさに現代は多党化の時代。
高市総理個人の人気は圧倒的とのことですが、自民党への支持は、裏金問題などもあり低迷。
選挙予測が非常に困難と言われている中、来週にはもう選挙を控えている。
また、私たちの生活の中で、インターネットが身近になって20数年。
一昔前に比べれば、情報や知識は完全にボーダーレスになりました。
何かを知りたい、何かを学びたいと思った時、インターネットに繋がっている環境があるだけで、様々なことを知ることができる、様々なことを学ぶことができる。
そんな風に、色んなことが便利になる一方で、新たな問題・課題も山積している。
加えて、AIの台頭。
私自身も利用しない日がないぐらいに、生活や仕事においてAIに触れていますが、これらが世の中に与える影響について、私自身、想像の及ばないことも多い中、それでもこれから、今までにないスピードで色んなことが変化するであろうということは、肌感覚ながら感じることができます。
お釈迦様という人は、人生を激流と喩えられたそうです。
諸行が無常であるこの世の真理を見て、そんな風に喩えられたわけですが、今まさにとてつもない激流の時代を生きている。 そんな感覚が私にはあります。
そんな時代の中で、どのような人がこの社会に求められていくのか?
色々と考えを巡らせてみたんですが、私は、志を持った方なんだろうなと感じています。
武士の心と書いて《志》。
戦国武将として誉高い真田幸村は、最後まで筋を通した義の人として有名ですが、主君(豊臣秀吉)のために忠義を果たす そのような志・大義のもと、武士としての人生を全うされました。
とてもかっこいいですよね。
もちろん、真田幸村のような方はなかなかいらっしゃらないと思いますが・・・
そんな中において、維新の吉村洋文さん。
先日、秋葉原で今回の選挙の第一声となった選挙演説。
高市総理、維新の共同代表の藤田さんと共に街頭に立っていらっしゃいました。
その時に、声高らかに言葉にされたことに、私はハッとさせられました。 なんて仰ったか?
『僕たちには、そんなに票はないかもしれません。 でも我々は絶対に逃げません。 高市さんを孤立させません。 日本を孤立させない 日本を前に進めていく』
その訴えに、少なくとも私は吉村さんの政治家としての志・矜持、そして覚悟を感じました。
また、冒頭にも申し上げた、元立憲民主党から離脱し、ゆうこく連合という佐賀県初の国政政党を立ち上げられた原口一博さん。
この選挙に向けて、地元の支援者に訴えられた第一声の動画も拝見しましたが、この方からも、吉村さんと同様、政治家としての志・矜持・覚悟を感じました。
ちなみにこれは、政治思想に共感しているから取り上げるということではないですし、それぞれに賛否・好き嫌いがあるのは承知していますので、その点は誤解のないように願います。
ただ、こういった志・大義を持った人間の強さというのを垣間見たような気がしました。
そして、このような方々が社会には必要なんだろうと・・そんな風に思いました。
このような方々から、私は、何か強さを感じるんですね。
でも人間皆、吉村さんや原口さんのように強くありたいと願っても、簡単にはなれません。
人間は弱い・・・でも何かを支えにして強くなれるということもあると思います。
私は、その強さの部分を支えるのが、志であり、大義であり、信念であり、信仰であるのかなと。
その一端を担う信仰
今日は、皆様の祈願が叶うようにとご祈祷させて頂いたわけですが、法要前にも申し上げたとおり、神仏に祈り・願いを捧げるということは、神仏に任せて自分は何もしないということではなく、自らもその願いに向かって努力精進することが大切です。
加えて、願いの成就のために、一つチャレンジしてほしいなと思うことがあります。
それは神仏とお約束をすることです。
ご自身の願い、仮に身体の健全を願うのであれば、まずはご自身の生活が身体健全に導かれるような生活をしているか、不摂生をしていないかを見直して頂きたい。
その上で、自身の心の中に神仏を祀って、その神仏と約束をしてほしいんです。
一日五分は健康体操をする。 毎日、腸にとって必要な食物繊維を摂る。 なんでもいいです。
ここで大事なのは、その神仏との約束を守れた自分というのを積み上げていくことです。
神仏との約束を守れる人というのはつまり、自分との約束を守れる人です。
自分との約束を守れる人は、自分のことを信じられるようになります。
それは、先ほど申し上げた強さに繋がってきます。
そして、それができる人のことを信仰のある人なんだと私は思っています。
『信仰がある人』の定義。
私は、信仰がある人というのは、何か宗教団体に所属しているから信仰があるわけでもなければ、お寺の檀家であるから信仰がある・・というわけでもないと思うのです。
『信仰がある人』というのを、端的に言語化するとすればそれは、
『神仏との約束事を守れる人』です。
つまりは、『自分との約束を守れる人』・・・
ということになります。
そして、そういった人のことを、神仏は必ず守護して下さる。
皆さんの祈り・願いを、必ず良き方向に導いて下さる・・・ここでもひねくれたことを私は申し上げるのですが、『願いを叶えてくれる』とは思っていないのです。
どういう風に捉えているかというと、神仏のお眼鏡に叶った祈り・願いを持っている者には、道を開いてくれる。
私はそんな風に捉えています。
神仏のお眼鏡に叶った祈り・願いとは何か?
それは自分本位の祈り・願いではないことが大切なんじゃないかと私は考えています。
仮に身体健全を願う場合、
好き勝手に生きるために健康を願うのと、自分が健康で働くことが家族を守ることに繋がるから健康を願うのとでは、神仏からの見え方が全く違うと思うんですよね。
神仏は菩薩を好みます。
菩薩とは他を利する人のことです。
つまりは菩薩らしい願いが、より好まれるということです。
生きていれば、いろんなことが起こります、青天の霹靂とも言えるようなことも起きてきます。
頭を抱えて眠れない夜を過ごすようなこともあります。
そんな時に自分を支えてくれるのは、志であり、信仰であるんじゃないかと思います。
皆様の祈り・願いが良き方向に導かれることを、私も願っております。
【今日の話の要点】
志・大義を持つことの大切さ
自分との約束を守れる人が信仰のある人であり、そういう人は神仏から愛される人
おそらく日蓮聖人という方も、そういう人だったんだろうと私は捉えています。
どうか、今日はこのお話を持ち帰って頂ければと思います
今日は、選挙期間中ということもあり、選挙演説風にお話してみましたが、最後までご清聴頂き有り難うございました。
合掌
ご参列頂いた皆様、ご参列は出来ないながらもお申し込みを頂いた皆様、誠に有難うございました🙇♂️
当日は、約100名ほどの方にご参拝頂き、午後2時〜、午後4時〜、午後7時〜3回に分けて祈祷会を営み、令和8年を安泰で過ごせますよう御祈願させて頂きました。
終了後は、15分ほどの御法話の後、お菓子まき、福引抽選会、厄除けおぜんざいのお振舞いと、参列者の皆様には、思い思いに楽しんでいただく事ができました。
今回、法要後のお話の評判が良かったので、こちらで共有させて頂こうかと思います。
活字にすると少し長いですが、良ければ読み進めてみて下さい。
【以下、当日の法話の内容を活字化】
ご参列、誠にご苦労様でした。
本日は本昌寺の節分星祭祈祷会ということで、私たちがどう足掻いても干渉できない領域にお力を頂くべく、一心に法華経を読誦して神仏にその功徳を手向け、どうかご加護頂けるようにと願ってご祈祷させて頂き、特別回向の諸霊には、謹んで法華経の功徳をお手向けさせて頂きました。
さて、令和8年を迎えて1ヶ月、色々と動きがありますね。
アメリカではベネズエラへの軍事作戦を敢行。国際法の観点からは問題があるものの、政治的な圧力に苦しんでいたベネズエラ国民の多くは、これを歓迎している状況であるという話を聞きました。 正義とは何かを考えさせられます。
また、日本においては衆議院の解散。
それに伴って、政策に大きな違いがあるであろうと思える立憲民主党と公明党が合流。
元立憲民主党の原口議員はそこから離脱し、ゆうこく連合という佐賀県初の国政政党を立ち上げ。 参政党・国民民主党・れいわ新選組にチームみらいなどなど・・・まさに現代は多党化の時代。
高市総理個人の人気は圧倒的とのことですが、自民党への支持は、裏金問題などもあり低迷。
選挙予測が非常に困難と言われている中、来週にはもう選挙を控えている。
また、私たちの生活の中で、インターネットが身近になって20数年。
一昔前に比べれば、情報や知識は完全にボーダーレスになりました。
何かを知りたい、何かを学びたいと思った時、インターネットに繋がっている環境があるだけで、様々なことを知ることができる、様々なことを学ぶことができる。
そんな風に、色んなことが便利になる一方で、新たな問題・課題も山積している。
加えて、AIの台頭。
私自身も利用しない日がないぐらいに、生活や仕事においてAIに触れていますが、これらが世の中に与える影響について、私自身、想像の及ばないことも多い中、それでもこれから、今までにないスピードで色んなことが変化するであろうということは、肌感覚ながら感じることができます。
お釈迦様という人は、人生を激流と喩えられたそうです。
諸行が無常であるこの世の真理を見て、そんな風に喩えられたわけですが、今まさにとてつもない激流の時代を生きている。 そんな感覚が私にはあります。
そんな時代の中で、どのような人がこの社会に求められていくのか?
色々と考えを巡らせてみたんですが、私は、志を持った方なんだろうなと感じています。
武士の心と書いて《志》。
戦国武将として誉高い真田幸村は、最後まで筋を通した義の人として有名ですが、主君(豊臣秀吉)のために忠義を果たす そのような志・大義のもと、武士としての人生を全うされました。
とてもかっこいいですよね。
もちろん、真田幸村のような方はなかなかいらっしゃらないと思いますが・・・
そんな中において、維新の吉村洋文さん。
先日、秋葉原で今回の選挙の第一声となった選挙演説。
高市総理、維新の共同代表の藤田さんと共に街頭に立っていらっしゃいました。
その時に、声高らかに言葉にされたことに、私はハッとさせられました。 なんて仰ったか?
『僕たちには、そんなに票はないかもしれません。 でも我々は絶対に逃げません。 高市さんを孤立させません。 日本を孤立させない 日本を前に進めていく』
その訴えに、少なくとも私は吉村さんの政治家としての志・矜持、そして覚悟を感じました。
また、冒頭にも申し上げた、元立憲民主党から離脱し、ゆうこく連合という佐賀県初の国政政党を立ち上げられた原口一博さん。
この選挙に向けて、地元の支援者に訴えられた第一声の動画も拝見しましたが、この方からも、吉村さんと同様、政治家としての志・矜持・覚悟を感じました。
ちなみにこれは、政治思想に共感しているから取り上げるということではないですし、それぞれに賛否・好き嫌いがあるのは承知していますので、その点は誤解のないように願います。
ただ、こういった志・大義を持った人間の強さというのを垣間見たような気がしました。
そして、このような方々が社会には必要なんだろうと・・そんな風に思いました。
このような方々から、私は、何か強さを感じるんですね。
でも人間皆、吉村さんや原口さんのように強くありたいと願っても、簡単にはなれません。
人間は弱い・・・でも何かを支えにして強くなれるということもあると思います。
私は、その強さの部分を支えるのが、志であり、大義であり、信念であり、信仰であるのかなと。
その一端を担う信仰
今日は、皆様の祈願が叶うようにとご祈祷させて頂いたわけですが、法要前にも申し上げたとおり、神仏に祈り・願いを捧げるということは、神仏に任せて自分は何もしないということではなく、自らもその願いに向かって努力精進することが大切です。
加えて、願いの成就のために、一つチャレンジしてほしいなと思うことがあります。
それは神仏とお約束をすることです。
ご自身の願い、仮に身体の健全を願うのであれば、まずはご自身の生活が身体健全に導かれるような生活をしているか、不摂生をしていないかを見直して頂きたい。
その上で、自身の心の中に神仏を祀って、その神仏と約束をしてほしいんです。
一日五分は健康体操をする。 毎日、腸にとって必要な食物繊維を摂る。 なんでもいいです。
ここで大事なのは、その神仏との約束を守れた自分というのを積み上げていくことです。
神仏との約束を守れる人というのはつまり、自分との約束を守れる人です。
自分との約束を守れる人は、自分のことを信じられるようになります。
それは、先ほど申し上げた強さに繋がってきます。
そして、それができる人のことを信仰のある人なんだと私は思っています。
『信仰がある人』の定義。
私は、信仰がある人というのは、何か宗教団体に所属しているから信仰があるわけでもなければ、お寺の檀家であるから信仰がある・・というわけでもないと思うのです。
『信仰がある人』というのを、端的に言語化するとすればそれは、
『神仏との約束事を守れる人』です。
つまりは、『自分との約束を守れる人』・・・
ということになります。
そして、そういった人のことを、神仏は必ず守護して下さる。
皆さんの祈り・願いを、必ず良き方向に導いて下さる・・・ここでもひねくれたことを私は申し上げるのですが、『願いを叶えてくれる』とは思っていないのです。
どういう風に捉えているかというと、神仏のお眼鏡に叶った祈り・願いを持っている者には、道を開いてくれる。
私はそんな風に捉えています。
神仏のお眼鏡に叶った祈り・願いとは何か?
それは自分本位の祈り・願いではないことが大切なんじゃないかと私は考えています。
仮に身体健全を願う場合、
好き勝手に生きるために健康を願うのと、自分が健康で働くことが家族を守ることに繋がるから健康を願うのとでは、神仏からの見え方が全く違うと思うんですよね。
神仏は菩薩を好みます。
菩薩とは他を利する人のことです。
つまりは菩薩らしい願いが、より好まれるということです。
生きていれば、いろんなことが起こります、青天の霹靂とも言えるようなことも起きてきます。
頭を抱えて眠れない夜を過ごすようなこともあります。
そんな時に自分を支えてくれるのは、志であり、信仰であるんじゃないかと思います。
皆様の祈り・願いが良き方向に導かれることを、私も願っております。
【今日の話の要点】
志・大義を持つことの大切さ
自分との約束を守れる人が信仰のある人であり、そういう人は神仏から愛される人
おそらく日蓮聖人という方も、そういう人だったんだろうと私は捉えています。
どうか、今日はこのお話を持ち帰って頂ければと思います
今日は、選挙期間中ということもあり、選挙演説風にお話してみましたが、最後までご清聴頂き有り難うございました。
合掌
すてき
投稿者のプロフィール

日蓮宗 妙光山 本…63投稿
岸和田市五軒屋町の寺町に佇むお寺。 令和5年11月26日に住職交代の儀式を営み、昭和56年生まれの住職が、お寺のお給仕に勤しんでおります。 『供養・祈祷の駆け込み寺』 『あなたのかかりつけ寺...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、情報を発信しようという気持ちになりますし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。











