しのだのもりじんじゃ(くずのはいなりじんじゃ)
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楽しみ方信太森神社(葛葉稲荷神社)のお参りの記録一覧
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陰陽師・安倍晴明が信太の森の白狐を母として生まれたという「葛葉伝説」の舞台の葛葉稲荷神社こと信太森神社です。阿部野の『安倍晴明神社』に参拝した時から、こちらの神社へ参拝するのを楽しみにしており、ようやく参拝叶いました。
奈良時代の和銅元年(708年)二月初午の日に元明天皇が楠の神木の化身である白龍に対して祭事を行ったことを縁起としており、信太森神社はその神木を御神体とした神社として建立されました。
主祭神 は宇迦御魂神
大己貴命
大宮姫命・素盞男命
猿田彦命
若宮葛ノ葉姫
境内はそんなに広いわけではありませんが、見どころが圧縮されたかのように、無数の神様が!😳奥にも!😆
短時間では回れません。😣時間に余裕のある時にまた参拝したいと思います。駅近なので便利ですよ。今度は電車🚃で行って、ゆっくり参拝してみようと思います。

(日本七社)
安倍晴明神社と縁の深い神社です。
https://hotokami.jp/area/osaka/Hmatm/Hmatmtr/Dzmyz/144175/155606/
以前お参りをしたところが、こうしてつながるのは正に縁です。
こちらは、奈良時代の708年二月初午の日に元明天皇が楠の神木の化身である白龍に対して祭事を行ったことを縁起としており、その神木を御神体とした神社として建立されたとのことです。
平安時代の中頃、冤罪で罷免された安倍保名が家名復興を祈願した帰り、猟師に追われた白狐をかくまったことが縁で白狐の化身である葛の葉と結ばれ、童子丸(後の安倍晴明)を授かります。後に葛の葉は我が子に正体を悟られ、悲しい別れとなったが、晴明は天皇の病気を治して出世し、保名の無実の罪を晴らして見事安倍家の再興を果たしたのだそうです。この御利益により、信太森神社は葛葉稲荷神社として知られることになりました。
境内の本殿裏には、一面の稲荷祠が!すごい数です。
ひとつひとつ参っていたら、ものすごく時間かかりました。

信太森稲荷神社⛩️
信太森葛葉稲荷神社(しのだのもりくずのはいなりじんじゃ)は、大阪府和泉市葛の葉町にある神社。正式名称(登記上の宗教法人名称)は信太森神社(しのだのもりじんじゃ)であり、葛葉稲荷神社(くずのはいなりじんじゃ)などは通称である。旧社格は村社。
主祭神
宇迦御魂神 大己貴命 大宮姫命・素盞男命 猿田彦命 若宮葛ノ葉姫
社格等
旧村社
別名
信太森葛葉稲荷神社
日本七社(日本七稲荷)や関西三大稲荷の一つに数えられることがある。
安倍晴明所縁の社。文学・歌舞伎などで知られる『葛の葉物語』の舞台となった場所で、清明の母・白狐が住んでいたと伝えられる。たくさんの末社があり、豊穣・商売繁盛の他、学徳成就・良縁祈願・安産祈願・子宝・夜泣き・交通安全に御利益がある。
元来聖神社の末社とされる「若御前ノ宮」を中村の庄屋森田氏が屋敷神に取り込んだ社だったが、1740年頃に稲荷神を勧請して「信太森葛葉稲荷神社」とした。
この社は森田氏が個人で所有する社で、神道系の吉田家、白川家等のどこにも属さず、土御門家の門下になる事も無かった。「葛葉」という名称が付いたのには、元禄歌舞伎の影響があずかっているとされる。
「葛の葉子別れ」の話に言う白狐の古巣を擬しており、庄屋の森田氏が、「葛の葉子別れ」の話によって、自分の家の庭続きに創った文学遺跡ではなかったか、と片桐洋一は推測している。
本殿 - 1898年(明治31年)再建。その後、老朽化のため基礎・床・屋根など新しくし、2008年(平成20年)3月に改修された。本殿内には、白狐石や御霊石(みたまいし)の他に、和泉式部の歌碑や松尾芭蕉の歌碑などもある。
みたま石 - 本殿内に安置されている石。葛の葉が正体を知られ、安倍保名の元を去ってこの社にたどり着き、悲しみながらこの石になったとされる。
拝殿
楠大明神(千枝の楠) - 本殿左手にそびえる樹齢2,000年といわれている楠の大木。花山天皇が熊野行幸の際「千枝の楠(ちえのくす)」の称を賜っている。また、清少納言の草紙に「森は信太森」と記して以来、和歌の題となっている有名な楠である。根本から二つに分かれていることから『夫婦楠』と呼ばれており、夫婦円満・良縁成就などのご利益があるとされている。葛の葉はこの神木から現れたと伝えられている。
楠本大明神
狐の碑 - 御影石に「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉 」の一文とキツネに戻った葛の葉の姿が彫られている。なお、当神社を氏神とする「葛の葉町」の神社横の地車庫のシャッターにもこの句が書かれている。
姿見の井戸 - 保名に助けられた白狐が葛の葉に身を変えた際に、鏡に代えて姿を写して確認した井戸。葛の葉が無事にこちらの森に帰りついたことから、旅に発つ前にこの井戸に姿を写しておけば無事に帰って姿を写すことができるといわれている。
子安石 - 安倍晴明遥拝の石。子宝、安産を願う石。
ふくろうの灯篭 - 千利休作の灯篭。
葛の葉(くずのは)は、室町時代に作られた安倍晴明出生説話「信太妻」、「信田妻」(しのだづま)の登場人物。
キツネであり、安倍晴明の母とされる。葛の葉狐(くずのはぎつね)ともいうが、この人物に「葛の葉」と名がつけられるのは1699年の歌舞伎『しのだづま』以降のことである。
その正体は吉備真備の生まれ変わり、唐の碁打ち“玄東”の妻“隆昌女”の生まれ変わり、稲荷大明神(宇迦之御魂神)の第一の神使など、作品によって様々である。
村上天皇の時代(946年-967年)、河内国のひと石川悪右衛門は妻の病気をなおすため、兄の蘆屋道満の占いによって、和泉国和泉郡の信太の森(現在の大阪府和泉市)に行き、野狐の生き肝を得ようとする。摂津国東生郡の安倍野(現在の大阪府大阪市阿倍野区)に住んでいた安部保名が信太明神を訪れた際、悪右衛門率いる狩人に追われていた狐を助けてやるが、その際にけがをして悪右衛門に捕まり殺されそうになる。そこに悪右衛門が檀家をしている和尚がやってきて殺生を咎め保名を助ける。
この和尚の正体は狐であり、元の姿になって去っていく。その後、女性がやってきて、保名を自分の家まで案内する(保名の父郡司は悪右衛門と争って討たれたが、保名は悪右衛門を討った)。いつしか二人は結婚して童子丸という子供をもうける(のちの安部清明)。童子丸が7歳のとき、妻の正体が保名に助けられた狐であることが知れる。すべては稲荷大明神(宇迦之御魂神)の仰せであることを告白し 、 さらに次の一首を残して去ってゆく。
恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉
途中、童子丸の母は狐罠に惹かれ化衣装を脱ぎ捨てて狐の姿になりながらも、信太の森へと帰っていく。
保名は書き置きから、狐が恩返しのために来ていたことを知り、童子丸とともに信太の森に行き、姿をあらわした妻から黄金の箱と水晶の玉を受け取り別れる。数年後、童子丸は晴明と改名し、天文道を修める。
そして母親の遺宝の力で天皇の病気を治したので、陰陽頭に任ぜられ、またその日が清明節だったので晴明の「晴」の字を改めて安部清明と名乗るよう綸旨が下る。
しかし、蘆屋道満に讒奏され、占いの力くらべをすることになり、結局これを負かして、道満に殺された父の保名を生き返らせ、朝廷に訴えたので、道満は首をはねられ、清明は天文博士となる。
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