こうづぐう
高津宮大阪府 谷町九丁目駅
9:00~16:30
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楽しみ方
大阪市中央区高津の高津宮(こうづぐう)(たかつのみや)にご参拝させていただきました☺️
主祭神
仁徳天皇(第16代天皇)さま
左座
仲哀天皇(祖父)さま
神功皇后(祖母)さま
応神天皇(父)さま
右座
葦姫皇后(あしひめ)(后)さま
履中天皇(りちゅう)(長子)さま
です。
ご本殿に向かい畏かしこみ畏かしこみ身滌大祓(みそぎのおおはらい)をご奏上させていただきました。神さまに届きましたでしょうか。
郡戸王子(こうとおうじ)(熊野古道九十九王子の第3番目の王子)現在は消滅していますが、高津宮は推定地でありその石碑がありました。
比売許曽神社(ひめこそじんじゃ)
ご祭神
下照姫命(したてるひめのみこと)さま
ご本殿の背後に地主神としてご鎮座されていて、まさに後戸(うしろど)の神さまです。
祝詞をご奏上させていただくとき すごく感じるものがあって印象深かったです。
高台之頌碑(たかきやのしょうひ)は仁徳天皇さまが庶民のかまどからの煙をご覧になったところで、大阪大空襲の時 奇跡的にも無傷だった建物です。正面上の丸い内天窓の中に龍神の彫り物が埋め込まれていて、龍神🐉さまが空襲から守った霊験があると言われています。龍神さまの眼 すごい迫力です(*•̀ᴗ•́*)و ̑̑
春は桜が🌸美しいとききます。
ぜひ精進して また ご参拝させていただけますように☺️
ご本殿
いつも見守っていただいて🐦⬛🪶
ほんとうにありがとうございます☺️
第3郡戸王子(こうとおうじ)跡です
(熊野九十九王子社の)

自性院から向かったので北側から梅の並木道を通り抜け参道へ。思っていたよりかなり広い😲本殿お参りしてから稲荷社二つへ。さらに階段降りて谷末社へお参り。この辺りの神社仏閣になると上方演芸や落語・芸人に関わるところが増えますね🤗御朱印は二種類あったので両方拝受。もうちょっとゆっくりできそうなときにまた来よう。
ウメジロー
参道へ
本殿前階段
境内
手水舎
勧善歌碑駒札
勧善歌碑
高津の富亭
相合坂
絵馬殿
絵馬殿由緒
絵馬殿奉納画
仁徳天皇かな?
北前千石船模型
神輿庫
高台之頌碑駒札
高台之頌碑
郡戸王子推定地(熊野参詣道第三番目)とある
熊野詣と梛説明駒札
比売古曾神社由緒駒札
比売古曾神社 下照姫命
狛ちゃん
夫婦石
比売古曾神社扁額
五代目桂文枝之碑
由緒
狛犬吽
阿
高倉稲荷鳥居
狐さんが続きます
なかなか立派
高倉稲荷扁額
高倉稲荷社殿 宇賀御魂神
拝殿内
安井稲荷扁額
同社号石碑
鳥居。奥に社殿 道頓堀の開発者の一人である安井九兵衛の日本橋北詰の屋敷にあったお稲荷さん
こちらにももちろん狐さん
引退された祠かな?
絵馬ではないが新年の画ですね
本殿 仁徳天皇他本座左右座合わせると18柱
谷松社 説明
谷末社鳥居
陰陽石の祠
谷末社参道
陰陽石の祠
谷末社
白菊社:御祭神=草野姫命
千年社:御祭神=大市姫命
常高社:御祭神=大山祇命
北野恒冨筆塚
梅ノ井駒札
梅ノ井と献梅碑
参道
大鳥居
当宮は浪速の地を皇都(高津宮たかつのみや)と定められ大阪隆昌の基を築かれた仁徳天皇を主神と仰ぐ神社であります。 仁徳天皇が高殿に昇られて人家の炊煙の乏しいのを見られて人民の窮乏を察し直ちに諸税を止めて庶民を救済されました御仁政はあまねく国民の敬慕する処であります。 その御仁政を慕い平安期の初期清和天皇の貞観八年(866年)勅命によって旧都の遺跡を探索して社地を定め社殿を築いてお祭りしたのを創始といたします。
以後世々皇室を始め時の幕府等の度々の御造営寄進を重ねて浪速津の守護神と仰がれ御神威輝き渡ったのでありますが、その後700年を経た正親町天皇の天正十一年(1583年)豊臣秀吉が大阪城の築城に際し比売古曽社の現在地に御遷座になって今日に及んでおります。
仁徳天皇の徳政を敬い大正十年に制定された大阪市歌にも「高津宮たかつのみやの昔より代々栄えをかさねきて民のかまどに立つけむりのにぎわいにまさる大阪市・・・」と歌われています。 昭和二十年三月の第二次大戦の戦火を浴び神輿庫を一つ残して社殿ことごとく焼失しました。しかし戦後氏子を始め崇敬の厚い奉賛により昭和三十六年十月社殿以下ことごとく復興完成を見ました。
| 名称 | 高津宮 |
|---|---|
| 読み方 | こうづぐう |
| 参拝時間 | 9:00~16:30 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 06-6762-1122 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.kouzu.or.jp/ |
| 絵馬 | あり |
| ご祭神 | 《主》仁徳天皇,《配》仲哀天皇,応神天皇,神功皇后,葦姫皇后,履仲天皇 |
|---|---|
| 創建時代 | 886年(貞観8年) |
| 創始者 | 清和天皇 |
| 本殿 | 入母屋造 |
| ご由緒 | 当宮は浪速の地を皇都(高津宮たかつのみや)と定められ大阪隆昌の基を築かれた仁徳天皇を主神と仰ぐ神社であります。 仁徳天皇が高殿に昇られて人家の炊煙の乏しいのを見られて人民の窮乏を察し直ちに諸税を止めて庶民を救済されました御仁政はあまねく国民の敬慕する処であります。 その御仁政を慕い平安期の初期清和天皇の貞観八年(866年)勅命によって旧都の遺跡を探索して社地を定め社殿を築いてお祭りしたのを創始といたします。
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| 体験 | 祈祷お祓いお宮参り結婚式七五三 |
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