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なかやまじんじゃ

中山神社
岡山県 津山駅

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きどっち
きどっち
2026年04月08日(水)1560投稿

美作国一之宮である中山神社にあがらせていただきました。

ネットでたまたまこちら中山神社の本殿の写真を見て、これはぜひ自分の目で見てみたい!と思い参拝させていただきました。
実際に目の前にして、ただ感嘆するばかりだったんですが、それもそのはず本殿は国指定重要文化財で、しかも大きい!
それだけでもここまで遠征してきた甲斐があったのですが、ほかにも見どころが満載でした。

まず鳥居前の参道にある樹齢800年以上の御神木。
「祝木(いほぎ)のケヤキ」と呼ばれていているそうなのですが、その存在感がものすごいです。

次に鳥居なんですが、立派な鳥居なのはもちろんなのですが、一瞬なんとなく違和感が・・・
うまく自分の言葉で説明できないので、「おかやまスタイル」という情報メディアHPの説明を引用させてもらいます。
「鳥居は、角貫に木鼻がなく笠木と島木に反りをもたせてあり、他地方には例をみない中山鳥居として一形式をつくっています」
神明鳥居の一種になるんですかね?

そして鳥居をくぐり参道を進むとまず一対の狛犬さんがいらっしゃいます。
その先にももう一対の狛犬さんがいるなと思い近付いていくと、阿形の狛犬さんの顔がお猿さんっぽい?
もしかして境内社に猿神社があるからでしょうか?

神門はどっしりとした四脚門。
こちらは津山城二の丸の四脚門を明治7年に移築されたそうです。
そしてこの神門をくぐるといよいよ拝殿が見えてきます。

そしてここで、ふと思ったのがあまり参拝者がいらっしゃらない?
時間はまだ14時頃だったのですが、この広い境内で結局私以外は2組しかすれ違わず。
これだけの立派な一之宮なのでもっと参拝者が多くても不思議ではないのになぁと思いつつ、ゆっくりとお参りできたので個人的には嬉しかったです😅

そして境内社にも順番にお参りしていき、最後に本殿後方に鎮座する猿神社へ。
こちらは境内社とは言え、別格な感じの印象を受けました。
「今昔物語」巻26第7話に出てくる猿神のお話に関係しているようです。

<御祭神>
 主祭神 鏡作神
 相殿神 天糠戸神 石凝姥神

<御由緒>~岡山県神社庁HPより~
当社は文武天皇慶雲4年(707)此の地に社殿を創建して鏡作神を奉斎したと伝えられている。貞観年間官社に列せられ、延喜式に於ては美作国唯一の名神大社であると共に此の国の一宮でもある。
「今昔物語」に猿神の説話があり、後白河法皇の御撰にかかる「梁塵秘抄」には関西に於ける大社として、安芸の厳島社備中の吉備津宮などと肩を並べている。
鎌倉時代に元冦など国家非常の時に際し、勅命により特に全国7ケ国の一宮に国家安穏を祈願せしめられているが、当社も其の中に選ばれて祈願を厳修したことが伝えられている。
弘安8年に一遍上人回国の途当社に参詣し念仏踊を行ったが「一遍聖絵」(国宝第八巻)に作州一宮図があって、其の節参詣の図が描かれている。建武中興破れて天正に至る約4百年間は,美作国中戦乱の巷と化し、その為に社寺の祭祀も殆んど絶えようとする有様であったが、当社は永正8年(1511)と天文2年(1533)の両度に祝融の厄に遭い、本殿以下山上山下の摂末社120社と共に宝物・什器・旧記・古文書等悉く炎上焼失した。
永禄2年(1559)に至り、出雲城主尼子晴久戦捷報賽の為め社殿を復興した。世に中山造と称せられる入母屋造妻入檜皮葺で間口5.5間、奥行5.5間、建坪約41.5坪の宏壮雄大な御本殿であって、大正3年国宝建造物の指定を受け、現在は国指定重要文化財の指定を受けている。
慶長8年森忠政美作全州を領して入封するに至り、国内漸く平定し歴代の藩主の崇敬も厚く社領の寄進や修築の資の奉献など絶えることなく、又「一宮さま」と親しまれ、朝野の信仰を集め、中世より近世にかけては門前市も大いに繁昌した。
明治4年国幣中社に列格。御祭神金山彦命と定められた。これにより明治年間再度に亘り御祭神名を「鏡作神」に改められる様願出でたるも聴許せられず終戦を迎え、昭和21年宗教法人中山神社設立届出に当り御祭神名を主神鏡作神、相殿に天糠戸神、石凝姥神配祀と総て明治以前の社家伝承や旧記類に明記せられている御神名に旧した。
宗教法人中山神社となった後も、御本殿以下諸建造物等境内の森に至るまで昔のままの姿にて防災施設も完備し、美作国の一宮と広く尊信されて現在に至っている。

中山神社(岡山県)
中山神社(岡山県)

御神木「祝木のケヤキ」

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中山神社の情報

住所岡山県津山市一宮695
行き方

津山IC・院庄ICより車で15分
JR津山駅より車で約15分
JR岡山駅より車で約90分
岡山空港より車で約60分

中山神社の基本情報

名称中山神社
読み方なかやまじんじゃ
通称一宮さま
参拝時間

09:00〜17:00

参拝にかかる時間

20分

参拝料

なし

トイレなし
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳なし
電話番号0868-27-0051

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

絵馬あり

巡礼の詳細情報

詳細情報

ご祭神《主》鏡作命,《配》天糠戸神,石凝姥命
創建時代慶雲四年(707)
本殿中山造
ご由緒

文武天皇慶雲四年(707)の創始。貞観六年(864)官社に列し、延喜式では美作国唯一の名神大社でこの国の一宮とされ、永保元年(1081)には正一位の神階を授かる。
平安時代の代表的な説話である「今昔物語」には当社の猿神伝説があり、鎌倉時代の後白河法皇の御撰にかかる『梁塵秘抄』では関西に於ける大社として安芸の厳島、備中の吉備津の共に肩を並べている。
国家非常時(元寇など)には勅命により特に全国七ヶ国の一宮(武蔵・上野・伊豆・駿河・若狭・美作・肥後)を選び、国家安穏を祈願せしめ当社も其の中に選ばれて祭祀を厳修したとされる。
建武中興破れて約400年間は、美作国中戦乱の巷と化し、永正八年(1511)と天文二年(1533)の両度に祝融の厄に遭い、宝物・古文書等悉く焼失したが、永禄二年(1559)に至り、出雲国尼子晴久が戦捷報賛の為、社殿を再建し歴代藩主の崇敬厚く、「一宮さま」と親しまれ、明治四年(1871)六月には国幣中社に列格す。
現在も、鍛金・冶工・採鑛等の守護神、農耕・牛馬の守護神として広く崇敬されている。

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