なかやまじんじゃ
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楽しみ方中山神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月08日(水) 00時59分29秒
参拝:2026年3月吉日
美作国一之宮である中山神社にあがらせていただきました。
ネットでたまたまこちら中山神社の本殿の写真を見て、これはぜひ自分の目で見てみたい!と思い参拝させていただきました。
実際に目の前にして、ただ感嘆するばかりだったんですが、それもそのはず本殿は国指定重要文化財で、しかも大きい!
それだけでもここまで遠征してきた甲斐があったのですが、ほかにも見どころが満載でした。
まず鳥居前の参道にある樹齢800年以上の御神木。
「祝木(いほぎ)のケヤキ」と呼ばれていているそうなのですが、その存在感がものすごいです。
次に鳥居なんですが、立派な鳥居なのはもちろんなのですが、一瞬なんとなく違和感が・・・
うまく自分の言葉で説明できないので、「おかやまスタイル」という情報メディアHPの説明を引用させてもらいます。
「鳥居は、角貫に木鼻がなく笠木と島木に反りをもたせてあり、他地方には例をみない中山鳥居として一形式をつくっています」
神明鳥居の一種になるんですかね?
そして鳥居をくぐり参道を進むとまず一対の狛犬さんがいらっしゃいます。
その先にももう一対の狛犬さんがいるなと思い近付いていくと、阿形の狛犬さんの顔がお猿さんっぽい?
もしかして境内社に猿神社があるからでしょうか?
神門はどっしりとした四脚門。
こちらは津山城二の丸の四脚門を明治7年に移築されたそうです。
そしてこの神門をくぐるといよいよ拝殿が見えてきます。
そしてここで、ふと思ったのがあまり参拝者がいらっしゃらない?
時間はまだ14時頃だったのですが、この広い境内で結局私以外は2組しかすれ違わず。
これだけの立派な一之宮なのでもっと参拝者が多くても不思議ではないのになぁと思いつつ、ゆっくりとお参りできたので個人的には嬉しかったです😅
そして境内社にも順番にお参りしていき、最後に本殿後方に鎮座する猿神社へ。
こちらは境内社とは言え、別格な感じの印象を受けました。
「今昔物語」巻26第7話に出てくる猿神のお話に関係しているようです。
<御祭神>
主祭神 鏡作神
相殿神 天糠戸神 石凝姥神
<御由緒>~岡山県神社庁HPより~
当社は文武天皇慶雲4年(707)此の地に社殿を創建して鏡作神を奉斎したと伝えられている。貞観年間官社に列せられ、延喜式に於ては美作国唯一の名神大社であると共に此の国の一宮でもある。
「今昔物語」に猿神の説話があり、後白河法皇の御撰にかかる「梁塵秘抄」には関西に於ける大社として、安芸の厳島社備中の吉備津宮などと肩を並べている。
鎌倉時代に元冦など国家非常の時に際し、勅命により特に全国7ケ国の一宮に国家安穏を祈願せしめられているが、当社も其の中に選ばれて祈願を厳修したことが伝えられている。
弘安8年に一遍上人回国の途当社に参詣し念仏踊を行ったが「一遍聖絵」(国宝第八巻)に作州一宮図があって、其の節参詣の図が描かれている。建武中興破れて天正に至る約4百年間は,美作国中戦乱の巷と化し、その為に社寺の祭祀も殆んど絶えようとする有様であったが、当社は永正8年(1511)と天文2年(1533)の両度に祝融の厄に遭い、本殿以下山上山下の摂末社120社と共に宝物・什器・旧記・古文書等悉く炎上焼失した。
永禄2年(1559)に至り、出雲城主尼子晴久戦捷報賽の為め社殿を復興した。世に中山造と称せられる入母屋造妻入檜皮葺で間口5.5間、奥行5.5間、建坪約41.5坪の宏壮雄大な御本殿であって、大正3年国宝建造物の指定を受け、現在は国指定重要文化財の指定を受けている。
慶長8年森忠政美作全州を領して入封するに至り、国内漸く平定し歴代の藩主の崇敬も厚く社領の寄進や修築の資の奉献など絶えることなく、又「一宮さま」と親しまれ、朝野の信仰を集め、中世より近世にかけては門前市も大いに繁昌した。
明治4年国幣中社に列格。御祭神金山彦命と定められた。これにより明治年間再度に亘り御祭神名を「鏡作神」に改められる様願出でたるも聴許せられず終戦を迎え、昭和21年宗教法人中山神社設立届出に当り御祭神名を主神鏡作神、相殿に天糠戸神、石凝姥神配祀と総て明治以前の社家伝承や旧記類に明記せられている御神名に旧した。
宗教法人中山神社となった後も、御本殿以下諸建造物等境内の森に至るまで昔のままの姿にて防災施設も完備し、美作国の一宮と広く尊信されて現在に至っている。
ネットでたまたまこちら中山神社の本殿の写真を見て、これはぜひ自分の目で見てみたい!と思い参拝させていただきました。
実際に目の前にして、ただ感嘆するばかりだったんですが、それもそのはず本殿は国指定重要文化財で、しかも大きい!
それだけでもここまで遠征してきた甲斐があったのですが、ほかにも見どころが満載でした。
まず鳥居前の参道にある樹齢800年以上の御神木。
「祝木(いほぎ)のケヤキ」と呼ばれていているそうなのですが、その存在感がものすごいです。
次に鳥居なんですが、立派な鳥居なのはもちろんなのですが、一瞬なんとなく違和感が・・・
うまく自分の言葉で説明できないので、「おかやまスタイル」という情報メディアHPの説明を引用させてもらいます。
「鳥居は、角貫に木鼻がなく笠木と島木に反りをもたせてあり、他地方には例をみない中山鳥居として一形式をつくっています」
神明鳥居の一種になるんですかね?
そして鳥居をくぐり参道を進むとまず一対の狛犬さんがいらっしゃいます。
その先にももう一対の狛犬さんがいるなと思い近付いていくと、阿形の狛犬さんの顔がお猿さんっぽい?
もしかして境内社に猿神社があるからでしょうか?
神門はどっしりとした四脚門。
こちらは津山城二の丸の四脚門を明治7年に移築されたそうです。
そしてこの神門をくぐるといよいよ拝殿が見えてきます。
そしてここで、ふと思ったのがあまり参拝者がいらっしゃらない?
時間はまだ14時頃だったのですが、この広い境内で結局私以外は2組しかすれ違わず。
これだけの立派な一之宮なのでもっと参拝者が多くても不思議ではないのになぁと思いつつ、ゆっくりとお参りできたので個人的には嬉しかったです😅
そして境内社にも順番にお参りしていき、最後に本殿後方に鎮座する猿神社へ。
こちらは境内社とは言え、別格な感じの印象を受けました。
「今昔物語」巻26第7話に出てくる猿神のお話に関係しているようです。
<御祭神>
主祭神 鏡作神
相殿神 天糠戸神 石凝姥神
<御由緒>~岡山県神社庁HPより~
当社は文武天皇慶雲4年(707)此の地に社殿を創建して鏡作神を奉斎したと伝えられている。貞観年間官社に列せられ、延喜式に於ては美作国唯一の名神大社であると共に此の国の一宮でもある。
「今昔物語」に猿神の説話があり、後白河法皇の御撰にかかる「梁塵秘抄」には関西に於ける大社として、安芸の厳島社備中の吉備津宮などと肩を並べている。
鎌倉時代に元冦など国家非常の時に際し、勅命により特に全国7ケ国の一宮に国家安穏を祈願せしめられているが、当社も其の中に選ばれて祈願を厳修したことが伝えられている。
弘安8年に一遍上人回国の途当社に参詣し念仏踊を行ったが「一遍聖絵」(国宝第八巻)に作州一宮図があって、其の節参詣の図が描かれている。建武中興破れて天正に至る約4百年間は,美作国中戦乱の巷と化し、その為に社寺の祭祀も殆んど絶えようとする有様であったが、当社は永正8年(1511)と天文2年(1533)の両度に祝融の厄に遭い、本殿以下山上山下の摂末社120社と共に宝物・什器・旧記・古文書等悉く炎上焼失した。
永禄2年(1559)に至り、出雲城主尼子晴久戦捷報賽の為め社殿を復興した。世に中山造と称せられる入母屋造妻入檜皮葺で間口5.5間、奥行5.5間、建坪約41.5坪の宏壮雄大な御本殿であって、大正3年国宝建造物の指定を受け、現在は国指定重要文化財の指定を受けている。
慶長8年森忠政美作全州を領して入封するに至り、国内漸く平定し歴代の藩主の崇敬も厚く社領の寄進や修築の資の奉献など絶えることなく、又「一宮さま」と親しまれ、朝野の信仰を集め、中世より近世にかけては門前市も大いに繁昌した。
明治4年国幣中社に列格。御祭神金山彦命と定められた。これにより明治年間再度に亘り御祭神名を「鏡作神」に改められる様願出でたるも聴許せられず終戦を迎え、昭和21年宗教法人中山神社設立届出に当り御祭神名を主神鏡作神、相殿に天糠戸神、石凝姥神配祀と総て明治以前の社家伝承や旧記類に明記せられている御神名に旧した。
宗教法人中山神社となった後も、御本殿以下諸建造物等境内の森に至るまで昔のままの姿にて防災施設も完備し、美作国の一宮と広く尊信されて現在に至っている。


御神木「祝木のケヤキ」


中山鳥居


境内にあるムクノキも樹齢500年




まず最初の狛犬さん


手水はとてもシンプルです

神門が見えてきました

こちらがお猿さんに見える狛犬


神門

拝殿
その前にも門があります
その前にも門があります

拝殿




拝殿前から見た神門

奥に見えているのが本殿

本殿 横から

本殿後方

惣神殿

神楽殿

国司社

鉾立石

御先社

猿神社 鳥居

え?ここを進むの?って感じで一瞬躊躇・・・

猿神社祠
凄いところにあります
凄いところにあります

祠前にはなんか赤いものがぶら下がってる・・・

子猿のぬいぐるだそうです

すてき
みんなのコメント(4件)
加賀龍驤きどっちさん おはようございます(^^)
中山神社無事に到着されて良かったです!
貴重な鳥居や狛犬(狛猿?)の写真の数々ありがとうございます。
拝殿御本殿の大きさといい色合いといい歴史を感じますね(^^)
自分も機会がありましたら参拝させていただきます!
2026年04月08日(水) 05時21分29秒
加賀龍驤さん
おはようございます。
中山神社の前に訪れた真福寺のご住職に伺ったところ、「ここから40分はかかりますよ」と教えていただきました。
たしかにその通りでしたが、時間をかけてでもお参りして良かったです。
加賀龍驤さんの推薦でもありましたしね😁
2026年04月08日(水) 07時43分45秒
きどっちさん こんにちは(^^)
岡山の神社は実はサムハラ神社奥宮と金刀比羅神社しか行ったことがないので、御縁があれば行こうと思っています!なかなか呼ばれることがないですが(笑)
中山神社から瀬戸内海側に行くと石上布都魂神社や備前国総社宮もありますし、吉備津彦神社や吉備津神社も気になっています(^^)
2026年04月08日(水) 15時22分27秒
加賀龍驤さん
こんばんは😊
岡山はまだまだ行きたい寺社がたくさんありますね。
吉備津彦神社と吉備津神社は、お互いの距離が近いのにどちらも一之宮ということに驚いてしまいますね😮
加賀龍驤さんが早く中山神社など岡山の神様に呼んでいただけるようお祈りいたします🙏😊
2026年04月08日(水) 23時30分47秒
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。




