うしまどじんじゃ
牛窓神社岡山県 邑久駅
- 参拝時間
- 参拝自由
- 駐車場
- 裏参道にあり
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楽しみ方当社は原初の頃は、土地の神霊及び氏の祖先の神霊をまつっており、牛窓明神と呼ばれていたが、長和年間、教円大徳によって豊前(大分県)の宇佐八幡宮から応神天皇・神功皇后・武内宿禰命・比賣大神の御神霊をお迎えして牛窓八幡宮となり、明治6年郷社に列せられ牛窓神社と改称した。
社伝によれば、鎌倉・室町時代の山城国男山八幡宮(石清水八幡宮)の古文書に「牛窓別宮」の名があり、当時牛窓が石清水領であったと共に社格が大変高かったようである。神階は従三位、式外社、備前国古社128社の内の1社にして明治6年郷社に、明治42年神饌幣帛料供進神社に、昭和15年県社に、それぞれに列せられたが、終戦と共に社格は廃止された。
弘治元年(1555)芸州の乱の時、海賊の焼打ちに遭い、全山を焼失し、社殿、宝物、記録等全てを失った。
当時、牛窓は内海帆船時代であり、交通運輸の重要港に成長し、藩の政治、住民の経済力の増加を背景に、神社に対する信仰心も高まった。
江戸時代、特に寛政、文化の頃から境内を拡大し、社容を整えた。特に本殿は近世の社寺建築の粋を凝らしたもので、牛窓町の重要文化財に指定されている。
尚、当社の例祭は、毎年10月第4日曜日に行われ、神輿やダンジリの巡幸など港町の風情溢れる祭り絵巻が終日堪能できる。[岡山県神社庁HP当神社ページから抜粋]

御祭神 応神天皇 神功皇后
比賣大神 武内宿禰命
牛島海水浴場の鳥居から参道を通り400段ほどの階段を登って行くのが正式なんだと思うのですが、車であがったので裏参道を通って御本殿の近くまで行きました。
四国まで望める小高い丘に鎮座されています。
手水舎の狛犬さん‼️と思いきやなんだろう⁉️
牛窓神社は日本の伝説の姫と牛鬼と言う怪物の伝説があるので、牛鬼さんなんだと思います。
この伝説の姫とは、謎の多い神功皇后
神功皇后が船で海を渡っていた時に大きな牛鬼が現れ、それを老人に化けた住吉明神が角をつかんで海へ投げ倒したそうです。
牛が転んだ「牛転(うしまろび)」から訛って牛窓になったといわれ「牛窓」の名の由来となった所です。
牛鬼が滅んだ後、体の部分がバラバラになって黒島、中ノ小島、端ノ小島に変化したといいます。
牛鬼についてはいろんな伝説があるので、これはその1つのお話しです。
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