あだひめじんじゃ
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写真

《由緒書き②》
こちらが道沿いにあるので目印になっています。

《周辺の地図》

《本殿》🙏
左側の大きな建物が本社のようです。右側は八坂神社みたいです。

《末社群》

《拝殿前》
👁チェックポイント‼️
由緒書きよれば当社で安産の御神徳を受けるために鈴緒を持ち帰って腹帯として使い、無事にお子さんが産まれたら新しい鈴緒を奉納するという慣習があったそうです。現在は例祭時に腹帯を供えて総代宅で保管するようになっているとあります。

《拝殿向かいの集会所》

《由緒書き①》
当社は記紀神話にて神武天皇さまが大和国へ移動(神武東征)してきた時「贄持之子」という国津神に逢います。この「贄持之子」という方の子孫が阿陀養鵜部という一族になり「贄持」は神武天皇さま、ひいては朝廷への献上を行う役職を担うことに由来しているとされています。
そして当社の御祭神である阿陀津比売命さまはこの贄持之子、そしてその後裔である阿陀養鵜部の一族が祖神として祀っていた神様であると思われます。

《手水舎》
雨水が貯まっています。洗ひつるここも…(略)

《境内入り口》
奈良県神社でたまに見られる白壁で囲まれています。
9
阿陀比賣神社の情報
| 住所 | 奈良県五條市原町24 |
|---|---|
| 行き方 |
阿陀比賣神社の基本情報
| 名称 | 阿陀比賣神社 |
|---|---|
| 読み方 | あだひめじんじゃ |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》阿陀比売神,彦火火出見命,《配》火須勢理命,火照命 |
|---|---|
| 創建時代 | 崇神天皇15年(紀元前83年) |
| 本殿 | 一間社春日造 |
| ご由緒 | 当神社の創立は、崇神天皇15年(西暦前83年)と伝えられ、又奈良時代神亀5年(西暦728年)藤原武智麿が神戸(神殿)を寄進したとも伝えられる。 「延喜式神名帳」(延長5年西暦927年完成)にある阿陀比賣神社は、本社であり、五條市内式内社十一社の内に挙げられる由緒ある古社である。 当神社は、安産の神として古来より信仰厚く、鈴の緒を戴き、腹帯にする。 男児を欲する時は白。女児を欲する時は赤。無事出産すると、新しい鈴の緒を奉納することが習わしとなっていた。 現今は、例祭の時に、腹帯を供え、祈祷し、総代宅に保管し授与している。 御祭神木花咲耶比賣命が皇孫瓊瓊杵尊にめされ、御子を産みます時、自ら室に火をかけられた。炎の初めて起こる時生みませる御子をホスセリノ命、次にホアカリノ命、次にヒコホホデミノ命と「日本書紀」にある。 『ヒメヒカケ』は姫が火をかけられた意に解されてきた。当社が、安産の神として信仰をあつめてきたのも、この姫神出産の故事に基づくとされている。 |
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最終更新:2026年06月05日(金) 14時04分08秒
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