あすかでら|真言宗豊山派|鳥形山
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安倍晴明様にお別れして、お次は飛鳥寺に^ ^
創建時はもっと広大であった飛鳥寺^ ^
大佛さまにご挨拶してゆっくり拝観させていただきました
以下、御由緒より
飛鳥寺は第32代崇峻天皇年(588)蘇我馬子が発願し、第33代推古天皇4年(596)に創建された日本最初の寺であり、名を法興寺、元興寺、飛鳥寺(現在は安居院)とも呼んだ。近年(昭和31年)の発掘調査により、創建時の寺は塔を中心に東西と北にそれぞれ金堂を配する日本最初の本格的寺院で、その外側に回廊をめぐらし更に講堂を含む壮大な伽藍であった。本尊飛鳥大仏(釈迦如来坐像)は推古天皇17年(609)天皇が詔して鞍作鳥(止利仏師)に造らせた日本最古の仏像である。
旧伽藍は仁和3年(887)と建久7年(1196)の火災によって焼失し、室町以降は荒廃したが、寛永9年(1632)と文政9年(1826)に再建され今日に至っている。現在真言宗豊山派に属し、新西国第9番、聖徳太子第11番の霊場でもある。









欽明天皇13年(552年)、百済の聖明王から仏像が献上されます。(経緯については割愛します。興味深い話満載ですが、話がそれますので。)いよいよ仏教が日本に入って来るわけですが、勿論すんなり事が運ばれたわけではありません。当時日本は、豪族達の権力争いの真っ只中。
蘇我稲目は、受け入れ賛成派。向原の家を浄めその仏像を祀ります。(向源寺)ところが、疫病流行。ここぞとばかりに反対派の物部尾輿は、寺を焼き仏像を難波の堀江に投げ込みます。(この仏像を拾い上げ、長野まで持ち帰り大切に祀ったのが本田(本多)善光。→後の善光寺)疫病止まず。
世代変わり、敏達天皇の時代。鹿深臣、百済から弥勒菩薩携えて帰国。蘇我馬子は、仏殿を建てその仏像を収めます。再び疫病流行。物部守屋、仏教が原因と仏殿、仏像を焼き払います。が、疫病止まず。それどころか、天皇崩御。馬子や守屋も病に···。
この後、厩戸皇子(聖徳太子)が···。と歴史は続いていきます。
とにかく、蘇我馬子発願(588年)創建(596年)がこちらの飛鳥寺です。
新西国霊場 第9番札所
山号:鳥形山
宗派:真言宗豊山派
御本尊:釈迦如来(飛鳥大仏)
創建:596年

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