あすかでら|真言宗豊山派|鳥形山
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欽明天皇13年(552年)、百済の聖明王から仏像が献上されます。(経緯については割愛します。興味深い話満載ですが、話がそれますので。)いよいよ仏教が日本に入って来るわけですが、勿論すんなり事が運ばれたわけではありません。当時日本は、豪族達の権力争いの真っ只中。
蘇我稲目は、受け入れ賛成派。向原の家を浄めその仏像を祀ります。(向源寺)ところが、疫病流行。ここぞとばかりに反対派の物部尾輿は、寺を焼き仏像を難波の堀江に投げ込みます。(この仏像を拾い上げ、長野まで持ち帰り大切に祀ったのが本田(本多)善光。→後の善光寺)疫病止まず。
世代変わり、敏達天皇の時代。鹿深臣、百済から弥勒菩薩携えて帰国。蘇我馬子は、仏殿を建てその仏像を収めます。再び疫病流行。物部守屋、仏教が原因と仏殿、仏像を焼き払います。が、疫病止まず。それどころか、天皇崩御。馬子や守屋も病に···。
この後、厩戸皇子(聖徳太子)が···。と歴史は続いていきます。
とにかく、蘇我馬子発願(588年)創建(596年)がこちらの飛鳥寺です。
新西国霊場 第9番札所
山号:鳥形山
宗派:真言宗豊山派
御本尊:釈迦如来(飛鳥大仏)
創建:596年

【鳥形山(とりがたやま)飛鳥寺(あすかでら)】
本尊:釈迦如来(飛鳥大佛)
宗派:真言宗豊山派
開基:蘇我馬子(そがのうまこ)
~百寺巡礼:五木寛之氏が選んだ百の名刹 第8番~
排仏派の物部氏(もののべし)との戦いに勝利した蘇我馬子が、日本で初めて創建した本格的寺院。当初は、現在の二十倍もの寺域で、法興寺(ほうこうじ)と呼ばれ、伽藍配置は「飛鳥寺式」の様式、一つの塔を、東西の金堂と中金堂の三つの金堂が囲む「一塔三金堂」だったという。
その後、平城遷都に伴い法興寺は新京に移転、元興寺と名を変えた。元の寺も本元興寺と称して存続したがさびれていく。伽藍は何度かの火災や落雷によって失われた。江戸時代後期にようやく小さな堂宇が再建され、いまはそのなかに日本最古の仏像が残っている。
~『百寺巡礼 第一巻 奈良』五木寛之(講談社、2003)~
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息子の中学進学祝いを兼ねての、奈良旅行で参拝いたしました。

ラノベ古事記という軽いノリで古事記がわかるサイトから古代史に興味を持ち、里中満智子氏の持統天皇を主人公にした漫画、黒岩重吾氏、永井路子氏の古代史小説を読み漁っているので、やはり明日香の空気は特別です。

奈良時代以前の貴族は花見といえば梅だったようですが、やはり桜もお寺にはお似合いです。
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