あすかでら|真言宗豊山派|鳥形山
飛鳥寺のお参りの記録一覧

橿原神宮前駅から明日香バスで約20分くらいの場所に鎮座されてます。
既に午後3時をかなり過ぎていたので、帰りのバスが不安だったのですが、
5時3分の最終に間に合うことが分かり、予定を変更して訪問することにしました。
こちらは飛鳥大仏とも呼ばれ、日本最古の飛鳥大仏があることで有名です。
経験上、こじんまりしたお寺では写真撮影は禁止が多いのですが、
こちらの住職は、「写真、遠慮しないでどんどん撮ってくださいね」と言われ驚きました。
飛鳥大仏はお寺の規模からすると、とっても大きいと思いました。
また、バスの本数が少ないので訪問できて、とっても運がいいなと後で思いました。

欽明天皇13年(552年)、百済の聖明王から仏像が献上されます。(経緯については割愛します。興味深い話満載ですが、話がそれますので。)いよいよ仏教が日本に入って来るわけですが、勿論すんなり事が運ばれたわけではありません。当時日本は、豪族達の権力争いの真っ只中。
蘇我稲目は、受け入れ賛成派。向原の家を浄めその仏像を祀ります。(向源寺)ところが、疫病流行。ここぞとばかりに反対派の物部尾輿は、寺を焼き仏像を難波の堀江に投げ込みます。(この仏像を拾い上げ、長野まで持ち帰り大切に祀ったのが本田(本多)善光。→後の善光寺)疫病止まず。
世代変わり、敏達天皇の時代。鹿深臣、百済から弥勒菩薩携えて帰国。蘇我馬子は、仏殿を建てその仏像を収めます。再び疫病流行。物部守屋、仏教が原因と仏殿、仏像を焼き払います。が、疫病止まず。それどころか、天皇崩御。馬子や守屋も病に···。
この後、厩戸皇子(聖徳太子)が···。と歴史は続いていきます。
とにかく、蘇我馬子発願(588年)創建(596年)がこちらの飛鳥寺です。
新西国霊場 第9番札所
山号:鳥形山
宗派:真言宗豊山派
御本尊:釈迦如来(飛鳥大仏)
創建:596年
春を感じさせる日のお参りとなりました。☀️
お堂に入ると、説明していただける専門の方がおられ、聞きながら必死でメモ。「御写真撮ってもらって構いません。」と許可が出ましたのでパシャリ!
本来は脇侍がいて三尊像だったとのこと。焼けて二体はありません。金銅仏ということもあり、かろうじて残った中尊ですが、少子痛々しく感じました。
ただ、こちらの仏さま、創建当初から一歩も動いていないとのこと。😯今、2024年ですから、1400年以上ここに座っておられるわけですよね。凄い!😵💫🙏
お堂の全景
少し歩いた先に、入鹿の首塚があります。
手を合わせてきました。
境内に年季が入ったポスト🤔
いただいた御朱印です。

【鳥形山(とりがたやま)飛鳥寺(あすかでら)】
本尊:釈迦如来(飛鳥大佛)
宗派:真言宗豊山派
開基:蘇我馬子(そがのうまこ)
~百寺巡礼:五木寛之氏が選んだ百の名刹 第8番~
排仏派の物部氏(もののべし)との戦いに勝利した蘇我馬子が、日本で初めて創建した本格的寺院。当初は、現在の二十倍もの寺域で、法興寺(ほうこうじ)と呼ばれ、伽藍配置は「飛鳥寺式」の様式、一つの塔を、東西の金堂と中金堂の三つの金堂が囲む「一塔三金堂」だったという。
その後、平城遷都に伴い法興寺は新京に移転、元興寺と名を変えた。元の寺も本元興寺と称して存続したがさびれていく。伽藍は何度かの火災や落雷によって失われた。江戸時代後期にようやく小さな堂宇が再建され、いまはそのなかに日本最古の仏像が残っている。
~『百寺巡礼 第一巻 奈良』五木寛之(講談社、2003)~
【山門】
【境内】
【本堂】
【本堂内陣】
【飛鳥大佛】
重要文化財。609(推古17)年、当代一流の仏師であった、鞍作鳥(くらつくりのとり)によって造られた日本最古の仏像。
~鞍作鳥がつくったとされている部分は、いまは顔の一部、左耳、右手の指の一部にすぎない。それ以外は、後世の人々の手で補われ、飛鳥時代の形が再現されている。よく見ると、たしかにお顔は傷だらけで満身創痍なのがわかる。痛々しくさえ見える。それでも、こうして千四百年ものあいだ飛鳥大仏はここに存在しつづけた。最初の金堂こそ焼失したものの、ずっと同じ位置に座っていらっしゃるという。まさに、飛鳥のシンボルというべきだろう。~
【飛鳥大佛】
~神秘的であり、威厳に満ちた格調高い表情。これまで私が出会った多くの御仏たちは、どちらかというとふっくらとしたお顔をされていた。そういうタイプの仏像を見ると、仏教の本家であるインド的な美男子なのだろう、という印象を強く受ける。
それに対して、飛鳥大仏のお顔は面長で、ほっそりしている。鼻が高く、首も長い。文献などには〈アルカイック・スマイル〉と表現されている。アルカイック・スマイルとは、紀元前五世紀ごろまでのギリシャ彫刻に特有な、素朴で古風な微笑のことだ。そうした古代ギリシャ的なほほえみが、いまの私の目には、逆に近代的なものに見える。~
【阿弥陀如来坐像】
【聖徳太子孝養像】
太子十六歳のとき、父の用明天皇の御病気回復を祈願されている姿。
【中庭】
【中庭】
飛鳥寺形石燈籠 「日本の燈籠」に選ばれている極めて清楚な形で保存されている。
【深沙大将像(じんじゃだいしょうぞう)】
【境内】
【石仏三体】
大聖不動明王、観世音菩薩、弘法大師の三体。
良縁成就、商売繁盛、学業成就など、水をかけてお祈りすると願いが叶うといわれている。
【思惟殿】
【思惟殿内陣】
聖観世音菩薩が安置されている。
【鐘楼】
【西門】
【蘇我入鹿首塚】
【蘇我入鹿首塚】
~大化改新で入鹿は中臣鎌足に討たれた。そのとき、入鹿の首が飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)から飛鳥寺まで飛んできて、ここに埋められたという伝説がある。~
【御朱印】

明日香村飛鳥の真言宗豊山派飛鳥寺卍
推古天皇4年(596)、蘇我馬子の発願により創建された日本最初の寺。創建当時は3つの金堂が塔を囲む本格的寺院だったといいますが、鎌倉時代の火災で伽藍の大半を焼失しました🔥
御本尊の釈迦如来坐像(飛鳥大仏=重要文化財)は、推古天皇17年(609)仏師鞍作鳥(くらつくりのとり)により造られた日本最古の仏像。後の火災で損傷し、後世の補修がされています🙏
有料駐車場がありますが、門前の駐車場は参拝者無料でした(一応時間制限あるかも🅿)
御朱印「飛鳥大仏」をいただきました🖌️
御本尊など撮影可能でした📷
阿弥陀如来坐像
聖徳太子孝養像
かつての飛鳥寺
本堂
思惟殿
鐘、突けます🙏
入鹿の首塚

日本最古の飛鳥大仏がご本尊。鞍作鳥(止利仏師)作。アーモンド型の眼、独特のお顔立ち。少し斜めを向き、聖徳太子誕生の地である橘寺を向いておられるのだそう。
飛鳥大仏
写真OKだったので、撮らせてもらいました。
飛鳥寺西門跡
入鹿の首塚
奈良県のおすすめ2選🎌
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