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北野神社の御朱印・御朱印帳
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| 電話番号 | 0226-22-0694 | ||
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日野月読
2020年03月14日(土) 01時53分02秒
83投稿
当神社は天和年中計仙麻(現気仙沼市)細浦館(現館山)に勧請された。後、社殿大破せるを以て、明和7年に補陀寺9世日東木食遼天和尚が再建を公儀に願い出たところ、折しも仙台藩、伊達家の重臣、鮎貝志摩藤原盛益殿御奉行のときにして志摩殿御自ら社殿を造営寄進し、八瀬の天神とお面瀬の天神と合わせ鎮め祀り、社地傍らに鮎貝家代々の位牌堂を兼ねた茶室自在庵を建てた。しかしその社地は嶮阻にして参拝人難儀なるを以て、寛政6年に地頭、鮎貝主税殿が滝の上なる浄地を定めて自在庵と共に今の地に移し鎮め奉った。そのとき木食遼天上人は、江戸、越後、九州、蝦夷松前等全国を巡りて、多くの神仏像を彫して御堂を建てて諸藩の旗本、諸大名が仏弟子となり、天満宮移築にあたり浄財、喜捨を受けたと云う。特に蝦夷、松前城主、松前志摩源道廣公の尊崇篤く、志摩殿より真筆、天満宮なる社額を、更に、御奥方より、蝦夷錦5丈の寄進と、その他種々の品を奉納された。松前志摩殿寄進の社額は今も社殿正面に掲げあり、又、遼天上人作の神仏像も全国に所々に残り祀られてある。


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