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あえくにじんじゃ

敢國神社のお参りの記録一覧
三重県 佐那具駅

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AKI
AKI
2022年12月05日(月)896投稿

伊賀國一宮の敢国神社に参拝に行って来ました。
今日は神幸式が行われていました。地元の人達が集まって執り行われていましたので、なかなか県外から来た私達は入りずらくて鳥居の外から見てました。明日12/5は例祭のおんまつりがあるそうです。
御祭神は大彦命で、第八代孝元天皇の皇子で崇神天皇の御代四道将軍のお一人として北陸未開の地を教化した後、伊賀の地に永住せられ、国家繁栄の礎を築かれました。
命のご遠征によるご活躍にあやかり、交通安全、健康長寿の神として御霊徳を仰がれております。
少彦名命は医薬、酒造の祝神で、世に恵比寿様と称し商売繁盛、大漁豊穣の守護神としてその御沢尽き来るところがありません。
金山比咩命は御名の如く採鉱地金機械工業など、近代産業の霊験を垂れ給う守護神であります。
敢国神社と伊賀服部氏
第十五代応神天皇の五世紀初頭の頃の百済王の孫の酒君が大陸から機織職人を連れて渡来しました。その酒君の末裔が服部一族と考えられています。
伊乱記には伊賀服部氏に源氏服部、平氏服部、敢国服部の三流があったとしており、このうち敢国服部が敢国神社の神事を勤めてきたとあります。
彼らは建御名方の流れを汲む諏訪源氏の一流で敢国服部氏によって行われてきた黒党祭は諏訪に起源をもつ甲賀三郎兼家を祭る神事として受け継がれてきました。
第二次天正伊賀の乱で織田信長に大敗しましたが、伊賀忍者の心のよりどころとなるのは、やはり敢国神社でした。
また、参拝に行きたいとおもいます。

敢國神社(三重県)

駐車場からの表参道

敢國神社の自然

紅葉が綺麗でした。

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惣一郎
惣一郎
2022年01月27日(木)1269投稿

【伊賀国 式内社巡り】

敢国神社(あえくに~)は、三重県伊賀市一之宮にある神社。式内社(大社)で、伊賀国一之宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。主祭神は大彦命、配祀神は少彦名命、金山比咩命(かなやまひめ)。

当初は伊賀の神奈備山・南宮山の大岩を磐座として原始信仰が始まったとされる。社伝によると、飛鳥時代の658年に山麓の現在地に社殿を創建した。国史では、『日本文徳天皇実録』の平安時代850年条において「津神」の神階奉授、『日本三代実録』864年条において「安部神」の神階奉授、867年条の「敢国津神」の神階昇叙の記載があり、これらが当社にあたるとされる。また927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「伊賀國 阿拝郡 敢国神社 大」に比定されている。延長年間(923年~931年)には朝廷により社殿が修復されている。『源平盛衰記』の記載を初見として、伊賀國一之宮であったとされ、「南宮」との呼称も見られる。南北朝時代には、南朝の後村上天皇が行幸し、数日間の参籠の後、社領を加増している。戦国時代の1581年に天正伊賀の乱で織田信長の侵攻により社殿や古文書を焼失したが、1593年に山伏の小天狗清蔵により社殿が再建されている。江戸時代になり藤堂高虎が伊賀国に入ると、上野城の鬼門として崇敬を受け、1609年に社殿が再興され、社領107石が寄進された。明治時代に入り、近代社格制度において国幣中社に列格した。

当社は、JR関西本線・佐那具駅の南方2kmの、南宮山(標高350m)の北西麓にある。車だと伊賀一之宮ICから道のり1km弱、3分。駐車場から表参道を進むが、門前町はないようで静かな雰囲気。境内南端入口の鳥居から境内に入ると、社務所や絵馬殿等の建物があり、正面の斜面の小高いところに社殿がある。社殿の周りなどにいくつか境内社があるが、他の一宮と比べると数は少なく、範囲も広くはない。こぢんまりとして、参拝して廻りやすい印象。ちなみに関係ない話だが、松尾芭蕉は当地・伊賀郡阿拝郡の出身で、表参道入口に芭蕉の句碑が立っている。

今回は、伊賀国一之宮、式内社、旧国幣中社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は週末の午前中早めの時間で、自分以外には数人、参拝者がいた。

※初めて訪れる地域の神社を参拝する際は、まず一之宮に参拝をしてオリジナル御朱印帳を入手することからスタートするようにしている。ただ、当社は伊賀國一之宮だが、オリジナル御朱印帳がない(全国一の宮御朱印帳はあるが、普通の御朱印帳もない)とのことだったので、やむなく同じ三重県の伊勢国一之宮の椿大神社の御朱印帳で伊賀国の神社を廻ることとした...涙

敢國神社のその他建物

境内南西端の<表参道>入口。巨大な鳥居を期待したので、少し肩透かし。伊賀の街並みは良い感じ。

敢國神社のその他建物

表参道を進んですぐの左側にある<芭蕉の句碑>。自分は知らなかったが、松尾芭蕉は、当地・伊賀国阿拝郡の出身。
句碑の俳句は1688年に芭蕉が当社に参拝した時のもので、「手はなかむ 音さへ梅の 匂いかな」とある。
自然や庶民生活を詩情豊かに表現する芭蕉らしい句とのこと。

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