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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年5月※多度大社ではいただけません

たどたいしゃ

多度大社

三重県 多度駅

投稿する
0120-37-5381

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印 (4種類)

多度大社でいただける御朱印は4種類です。

  • 多度大社の御朱印
  • 一目連神社の御朱印
  • 美御前神社の御朱印
  • 午の日限定御朱印

多度大社の御朱印

500円(直書き)
書き置きは300円

真ん中に「多度大社」と墨書きされ、神社印が重ねられています。
右下に左馬の印が押されています。
※左馬は意味は
・「馬」の文字が反転していることで「うま→まう(舞う)→めでたい席」を連想し、転じて「福を招く(開運)」
・下の部分が口が閉まった財布に見えることで「お金が逃げない」
・馬は人が引くものが、反対にすると馬が人を引く(連れてくる)から転じて「千客万来」「商売繁盛」
・馬は右側から乗るとつまづくので、左側から乗る→転じて「人生につまづくことなく過ごせる」
等の願いが込められています

一目連神社の御朱印

300円
書き置きのみ

真ん中に「一目連神社」と墨書きされ、神社印が重ねられています。
右下に小さく「多度大社」印が押されています。
※一目連神社は多度大社別宮

美御前社の御朱印

300円
書き置きのみ

真ん中に「美御前社」と墨書きされ、神社印が重ねられています。
右下に小さく多度神社の印が押されています。

午の日限定御朱印(跳ね起き馬の御朱印帳)

2500円(御朱印帳含む)
午の日・1月1日~3日、5月3日~5日

二面を使った御朱印です。
右側に神社印が押され、その上に「多度大社」と墨書きされています。
左側の上部に一目連神社と多度神社の写真、真ん中に白馬と人絵が開けると立ち上がる仕掛けがついています。
上部の写真の下に「別宮 一目連神社」「御祭神 天目一箇命」、「本宮 多度神社」「御祭神 天津彦根命」と写真の紹介が書いています。
真ん中の白馬の絵の下に「幸せ運ぶ神の馬 白馬伝説」と書かれています。
左側に御神紋、左下に左馬の印が押されています。
※御朱印単独の授与はありません

御朱印帳

多度大社でいただける御朱印帳は2種類です。

  • 白馬の御朱印帳(大・小)
  • 桜花の御朱印帳(4色)

白馬の御朱印帳

1500円
大(薄紫)
小(濃紫)

絵馬にも使われている谷文晁(江戸後期の画家)が描いた白馬を使用した御朱印帳です。
表面に「御朱印帳」の文字が金色で刺繍され、白馬と馬番が刺繍で描かれています。
裏面には御神紋と「白馬伝説 多度大社」と金色で刺繍されています。

桜花の御朱印帳

1500円

表面の真ん中に「御朱印帳」の文字が入り、周囲に桜の木や桜の花が描かれています。
裏面全体は青海波柄に桜が舞い散る様子が描かれ、右下に「多度大社」と神社印風の刺繍が入っています。
現在青・黄・黄緑・ピンクの4色をいただけます。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳はともに参集院でいただけます。
受付時間は8時半~17時
詳しくは公式サイトをご確認ください。

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御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり(有料)

ご利益

多度大社について

白馬伝説(しろうまでんせつ)


人々の願いを神に届ける使者の役割を果たすのが多度大社に1500年前から棲むといわれる白馬。
馬の行動を神意の現れと判断し、毎年五月四日、五日の多度祭でその年の豊作、凶作を占う『上げ馬神事』が行われます。

天照大御神の子神


本宮に祀られている天津彦根命は古事記では天津日子根命と表記され天照大御神と須佐之男命との誓約の際にお生まれになった五柱の男神のうちの一柱であり、天照大御神の子供の神です。

おすすめの投稿

のぶさん
2022年01月27日(木)
1102投稿

伊勢国(三重県)北部、古来、神が坐します神体山と仰ぐ多度山(標高四〇三メートル)の麓に御鎮座する当大社は、御創祀は定かではないが、山中に遺された数多の磐座・御神石から推して、神代の古に遡ることが出来る。
社伝によれば、雄略天皇の御宇に社殿が造営され、天平宝字七年、満願禅師によって神宮寺が創建、その後『多度神宮寺伽藍縁起並資財帳』が牒上されるに至り、伊勢国の准国分寺と目される程の壮麗な伽藍が造営された。
皇室の御敬神の思召しは並々ならず、国史には延暦元年十月に従五位下に叙せられたとの記述(『続日本紀』)に初見され、以降正二位にまで累進し、『延喜式神名帳』では、霊験著しい神に、朝廷が臨時に祈願を捧げる名神祭を受ける「名神大社」に列し、以降累々幣帛が奉られた。
更に、後一条天皇、鳥羽天皇、六条天皇の御即位に際し、御一代一度の大神宝使の御差遣を忝うし、全国有数の神社と仰がれた。
また、後白河法皇が編纂した当時の流行歌謡(今様)を編纂した『梁塵秘抄』にも、関(滋賀県 逢坂の関)以東の軍神の一社として唄われる等、非常に隆盛を極めた。
中世に入ってもその信仰は衰えることなく、弘長元年神階は正一位を極め、平家を始めとする武家の篤い信仰を受けていた。
然しながら元亀二年、織田信長の長島一向一揆平定の際、兵火に罹り、美濃国(現在の岐阜県)赤坂山に御動座になり、御社殿を始め神宮寺など全ての御建物と、歴朝より賜った神位記・御神宝・諸記録の全てが灰燼となり、広大な神領地も烏有に帰した。
近世、江戸時代に入ると、桑名藩主本多忠勝公より莫大な寄進を受け、慶長十年に御社殿が再興され、以降別宮以下摂末社、年中の恒例祭儀も漸次復興され
  ”お伊勢参らば お多度もかけよ
      お多度かけねば 片参り”
と謡われる程の復興を遂げた。
以降歴代桑名藩主の産土神として格別の御崇敬が寄せられ幕末に至った。
近代に入り、明治六年、県社に列格され、大正四年、大正天皇御即位に際し、一躍國幣大社に昇格し、以降御例祭を始め恒例、臨時の幣帛が奉られ、祭祀が執り行われた。
大東亜戦争後、明治以来の社格制度は廃止されたが、現在でも地元を始め全国から厚い崇敬を受け、境内には、本宮、別宮、摂社末社等十二社を数え、年中七十数度の恒例祭儀を斎行申し上げ、皇室の御安泰を始め、遍く氏子崇敬者の日々の平安を祈願申し上げている。
帰りに桑名の菜花の里でイルミネーション見てから帰ってきました。お客さん少なかったです

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惣一郎
2022年01月22日(土)
796投稿

【伊勢国 式内社巡り】

多度大社(たど~)は、三重県桑名市多度町にある神社。式内社(名神大)で、伊勢国二之宮。旧社格は国幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。主祭神は天津彦根命(あまつひこね;天照大神の第3子)。伊勢神宮との関係が深く、「お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片参り」とも詠われ、「北伊勢大神宮」、「多度大神宮」とも称された。

社伝によると、創建は雄略天皇の御代とされ、社殿背後の多度山を神体山としていた。奈良時代の763年に僧・万願により神宮寺が創建され、平安時代の863年に神階が正二位に昇格した。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「伊勢國 桑名郡 多度神社 名神大」に比定されている。その後、伊勢国二之宮としても崇敬され、神宮寺は伊勢国の准国分寺とされた。
中世には国司・北畠氏に保護されたが、戦国時代の1571年、織田信長の長島一向一揆平定の際に、命を受けた大垣城主・氏家卜全により当社本宮、摂末社、神宝、古記録、神宮寺の伽藍が全て焼き払われた。のち1605年に桑名藩主・本多忠勝により再建された。明治時代に入り、県社に列格、のちに国幣大社に昇格した。

当社は、養老鉄道・養老駅の西方2kmの多度川の北岸、多度山の麓にある。車だと県道26号線から逸れ北上して境内南端に到着するが、鳥居や社号標の建ち方からすると東方からの参詣路をたどるのが正式みたい。鳥居をくぐって広い階段を上ると、中央が広場となっている社務所や参集殿等大きな建物が立ち並ぶ場所に出るが、その後、やや細めの参道を100mほど緩やかに登って行くと最奥の多度両宮、別宮に到着する。後半部分は大社といっても大きな建物などはなく、むしろ簡素な建物で古式を継承しているようにも思われる。

今回は、式内社、伊勢國二之宮、旧国幣大社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は平日の午前中で、まだ1月上旬と言うこともあり、初詣客を含め割と多くの人が参拝に訪れていた。

多度大社の鳥居

当社から2kmほど離れた、県道26号線上にある<大鳥居>。

多度大社の鳥居

県道26号線から逸れ、当社まであと300mの位置にある、もう一つの<大鳥居>。

多度大社の建物その他

南側から見た境内全景。鳥居や社号標がないので不思議な雰囲気。

多度大社の末社

上記写真左端に北向きに建つ末社<鉾立社>。

多度大社の自然

左手に見える大きく立派な樹木が<御神木>。

多度大社の建物その他

御神木の裏手に用途の分からない、不思議な建物が建っている。後で調べたら<多度祭御殿>といって、当社の<上げ馬神事>の際に、馬に乗った騎手がこの坂を頂上まで駆け上るのを間近で見物する場所とのこと。なるほど!

多度大社の建物その他

階段を見上げると、やっと<鳥居>が見える。

多度大社の建物その他

階段の右手には奉納酒が。地元桑名多度・細川酒造の「上げ馬」、桑名・後藤酒造場の「青雲」四日市・伊藤酒造の「日本華」などが並ぶ。

多度大社の末社

階段を登り鳥居をくぐった先にある<新宮社>。広場の中央という面白い位置に鎮座。

多度大社の動物

新宮社に向かって左手にある<神馬舎>。扁額には大きく「奉幣馬」と書いてあって、なにやら動くものがいる...(^_^;)

多度大社の動物

近づいてみると本物の馬が。「錦山号」というのかな?立派な白馬。
餌をあげることもできるみたい。

多度大社の末社

神馬舎の左隣にある<藤波社>。左隣はさっきの当社神事の<多度祭御殿>。

多度大社の建物その他

鳥居をくぐってすぐ右側にある<神輿殿>。

多度大社の建物その他

神輿殿の左隣には<休憩所>。

多度大社の建物その他

休憩所から山方向を見ると、左側にはずらっと建物が並ぶ。左に見えるのは<参集殿>、その奥が<儀式殿>。

多度大社の建物その他

左側の建物の裏手にある<豊明殿>。結婚式場やお食事処みたい。

多度大社の末社

豊明殿の左脇にひっそり建つ<一挙社>。一言主命が祭神で、一つ願いを聞いてくれる。事前に境内図を見ていなかったら絶対に見逃す配置...(^_^;)

多度大社の建物その他

広場の中心に戻って、新宮社の後ろに建っている<縁起物授与所>。

多度大社の末社

神馬舎の右側に建っている<雨宮八幡社>。

多度大社の手水

雨宮八幡社の右側にある<手水舎>。

多度大社の建物その他

手水舎前から見た山側の様子。

多度大社の建物その他

手水舎から振り返った様子。御朱印はこちらの建物<儀式殿>の中にて。

多度大社の鳥居

それでは、やっとのことで参道を進み始める。

多度大社の建物その他

鳥居をくぐって、すぐ右側にある<授与所>。

多度大社の建物その他

参道を進んで、左側にある<宝物殿>。

多度大社の末社

参道左側にある<筆塚>。

多度大社の建物その他

参道左側にある<吉利支丹灯籠>。

多度大社の建物その他

参道は徐々に登って行く。

多度大社の末社

こちらは「神馬」の扁額が掛かっているが、境内図の名称は<白馬舎>。普通に造り物の馬が置かれている。

多度大社の鳥居

さらに階段を登る。

多度大社の末社

参道左側にある、末社<皇子社>。

多度大社の山門

最後にもう一段登る。その先に、本殿の神域入口である於葺門(おぶきもん)が見える。

多度大社の建物その他

鳥居をくぐってすぐ右側にある建物。臨時の授与所かな?

多度大社の建物その他

参道右側にある、ロープで仕切られたエリア。祈祷台のようなものがあるので、何か神事をするのかな?

多度大社の末社

参道左手にある<招魂社>。

多度大社の末社

参道左手にある<美御前社>。女性の美に関する願いを叶えてくれるとのこと。

多度大社の末社

於葺門をくぐってすぐ左側にある<神明社>。

多度大社の建物その他

前方を望むと橋があり、その先に左右2つの建物が見える。

多度大社の末社

橋を渡る際に左側を望む。

多度大社の末社

まずはじめに現れるのは、右側に建つ<別宮 一目連神社本殿>。

多度大社の末社

<別宮 一目連神社本殿>全景。

多度大社の建物その他

左側に向かうと、建物の手前に磐座のような岩。

多度大社の本殿

そして磐座の奥には<本宮 多度神社本殿>。

多度大社の本殿

<本宮 多度神社本殿>全景。
想像したよりは大きくなくて若干拍子抜け。その分、商業的にならず昔の信仰の姿をとどめているようにも思えて好印象。(ただ初詣は大混雑では...汗)

多度大社の建物その他

参詣の渋滞防止のため、行きと帰りで通路が分かれている。左側通行キープで緩やかな坂道をゆっくり下って行く。

多度大社の建物その他

坂道の途中にある<御手洗所>。清らかな水が流れている。

多度大社の鳥居

儀式殿で御朱印を拝受し、豊明殿の脇から坂道を下りていくと<多度稲荷神社>という神社に出るが、そこで正式な<鳥居>と<社号標>を発見。昔はこちらが正式な参道だったということなのかな。 (^▽^)/

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歴史

標高403mの多度山の麓に御鎮座する多度大社は御創祀は不明ですが山中に遺された多くの磐座、御神石から推して神代に遡る事が出来ます。
社伝によれば雄略天皇の時代、社殿が造営され、天平宝字七年、満願禅師によって神宮寺が創建、その後『多度神宮寺伽藍縁起並資財帳』が牒上されるに至り、伊勢国の准国分寺と目されるほどの壮麗な伽藍が造営されました。

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多度大社の基本情報

住所三重県桑名市多度町多度1681
行き方

多度駅下車 1.5㎞

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名称多度大社
読み方たどたいしゃ
参拝時間

受付/8:30~17:00

参拝にかかる時間

40分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0120-37-5381
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.tadotaisya.or.jp/
おみくじあり
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》天津彦根命
ご神体多度山
創建時代雄略天皇の御代
本殿神明造
ご由緒

標高403mの多度山の麓に御鎮座する多度大社は御創祀は不明ですが山中に遺された多くの磐座、御神石から推して神代に遡る事が出来ます。
社伝によれば雄略天皇の時代、社殿が造営され、天平宝字七年、満願禅師によって神宮寺が創建、その後『多度神宮寺伽藍縁起並資財帳』が牒上されるに至り、伊勢国の准国分寺と目されるほどの壮麗な伽藍が造営されました。

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