りょうこうじ|臨済宗東福寺派|天澤山
龍光寺のお参りの記録一覧
続いて龍光寺さんに伺いました。
立派なお寺さんでした^^
境内に沢山のお参りスポットがありました。
お堂の天井にはご立派な龍の絵が描かれていました。
立派すぎて写真におさまらなかったです笑
御朱印も頂けるようですが、寺務所がどこかわからず。。
寺子屋?のような建物が隣接していたのですが、そこなのかなあ。。??
間違えたら恥ずかしいので、御朱印はまたの機会にさせて頂きます^^
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。。
三重県寺院巡りの5寺目は、先の妙福寺と同じく鈴鹿市に在る天澤山 龍光寺です。
臨済宗東福寺派で、本尊は阿弥陀如来。
こちらには県指定文化財の阿弥陀如来立像と市指定文化財の阿弥陀如来立像が安置されています。
実は先月3月に参拝したのですが、寝釈迦まつりの準備等で仏像の拝観が出来ませんでしたので再度訪れました。簡単な由緒、歴史等は前回分の投稿を参照下さい。
前回、ご住職に確認してからが良いと言われため事前に連絡しました。寺に着いたら寺務所で拝観の申し入れをすれば拝観出来ますとの事でしたので、その通りに寺務所で呼び鈴を押した所ご住職のお母様が出て来られて、事情を説明すると「今、住職は不在だが、本堂を開けるので入って観て下さい。」との事。
本堂に入らせて頂き、天井を見ると雲龍図、下陣部分の畳50帖分の大きさです。デカイです。
先ず須弥壇に向かって手を合わせましたが、須弥壇真ん中の本尊は銅造には見えません。
周りを見渡すと、文化財の仏像はあちらという貼り紙がありましたのでそちらへ。左側の脇間に2躯並べて安置されていました。
銅造は鎌倉時代、木造は平安時代の作。陽の光が入ってこないので若干暗いため写真ではわかり辛いですが(文化財に向けてフラッシュは厳禁のため)、非常に優しいというか若々しいお顔でした。
ご住職不在のため御朱印はお願いせずにお礼を言って失礼しました。
総門
山門(三門)
鐘楼
本堂
大雲龍(畳50帖の大きさ)
銅造阿弥陀如来
木造阿弥陀如来
前回に続き今回も三重県の寺院巡りです。津市を中心に巡りますが、手前の鈴鹿市の天澤山 龍光寺を最初に参拝しました。
臨済宗東福寺派、本尊は阿弥陀如来。
こちらには県指定文化財の阿弥陀如来と市指定文化財の阿弥陀如来が祀られています。
1423年に称光天皇の勅命により伊勢国司の北畠満雅を開基として創建、開山は悦叟大忻禅師。当時の神戸(かんべ)城主の神戸実重が堂宇造営の指揮を執った。天皇の勅願寺として寺運も隆盛し最盛期には境内に諸堂塔頭64院あったが、天文年間(1532~1555年)に兵火により多くの堂宇などを焼失。後奈良天皇が再興を命じ、南禅寺に準ずる格式を得た。また、同時期の神戸城の移転に伴い現在地に移転したとの事です。
こちらは「神戸(かんべ)の寝釈迦まつり」で有名で、毎年3月15日前後の3日間(今年は3/12~14)、広さ16畳の釈迦涅槃図が開帳されて絵説法などが行われます。例年はかなりの人出らしい(コロナ禍で規模縮小されると思いますが)ため、その時期を外して早めに参拝した次第です。
本堂は東を向いて建てられていて、駐車場は総門がある北側と幼稚園がある南側にあります。私は北方向から来ましたので北側の駐車場に停めました。(山門の前は別の寺院の駐車場ですので駐車出来ません。)
本堂の左側手前のお堂には愛知県の豊川稲荷から勧請した伊勢豊川稲荷としての荼枳尼尊天(だきにそんてん)が祀られています。祈祷所のためお稲荷さんの前に護摩焚きがありますが、何となく違和感がありますね。
次に本堂へ。正面扉が少し開けられていて、中を覗くとデカイ釈迦涅槃図が吊り下げられていて須弥壇はそれに隠れて見えませんでしたし、堂内にも入れませんでした。
先のお堂の納経所に寺院の方がみえたので御朱印をお願いをしがてら、阿弥陀如来像の拝観についてお訊きした所、「現在寝釈迦まつりの準備中で涅槃図で隠れてしまっている。まつりが終わって涅槃図を片付けないと拝観は出来ない。今日は住職不在のため後日住職に確認して欲しい。」との事でした。あちゃー、やはり仏像拝観するには事前確認が必要と痛感しました。日を改めて再度訪れます。
この寺院の北東側に隣接して神館飯野高市本多神社がありますが、先を急ぐため参拝は見送りました。
御朱印
総門
横綱·大鵬関の碑
山門(三門)
手水
鐘楼
玉寳稲荷尊天堂
荼枳尼尊天
本堂
庫裡
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