せいりょうじ|浄土宗|五臺山
清凉寺京都府 トロッコ嵐山駅
9:00~16:00 4月・5月・10月・11月は9:00~17:00
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方
清凉寺は京都市右京区にあるお寺です。
この日は妻も一緒に参拝でして 妻はまだこちらに参拝していませんでしたので 私のおススメということで参拝しました。
清凉寺は嵯峨釈迦堂とも呼ばれる古刹です。
二階建て仁王門は それはそれは見事な造りで 250年ほど前の再建だそうです。
ちょうど人が映り込んでいるので 大きさが分かると思います。
この仁王門からまっすぐ南に行くと 嵐山の渡月橋に至ります。
仁王門をくぐると すぐ左手にカフェBhagavanがあります。
こちらの団子がうまいんですよ。
失礼してこちらで喫茶タイム。
お団子と抹茶で心が満たされました。
さてと 境内を歩きましょう。
愛宕権現社・多宝塔・法然上人像・聖徳太子殿と巡り 本堂へ。
本堂で拝観料を払い中へ。
御本尊の釈迦如来立像(国宝)を拝顔して合掌。
本堂裏の戸から出て 回廊を通って大方丈へ。
池泉回遊式庭園を見ながら 弁天堂へ離れていても合掌できました。
弁天堂は外壁に見事な彫刻がありました。
大方丈では小堀遠州の作庭とされる枯山水庭園を見ることができます。
少しイメージしていたのとは違いましたが 苔が美しかったです。
再び本堂に戻り 御朱印をいただいて外に出ました。
鐘楼と狂言堂を見て 最後に一切経蔵を見ました。
あっ 阿弥陀堂を見忘れた!
また参拝しよう。
ネット情報です。
山号は五台山
宗旨は浄土宗
ご本尊は釈迦如来(生身の釈迦、国宝)
創建年は長和5年(1016年)[1][2]
開山は盛算
開基は奝然
別称は嵯峨釈迦堂
札所は京都十三仏霊場第2番です。
この寺の歴史には 阿弥陀三尊を本尊とする棲霞寺(せいかじ)と 釈迦如来を本尊とする清凉寺という2つの寺院が関係している。
この地には もともと嵯峨天皇の皇子で 『源氏物語』の主人公光源氏のモデルとされる左大臣源融の別荘栖霞観(せいかかん)があった。
源融の一周忌に当たる寛平8年(896年) 融が生前に造立発願して果たせなかった阿弥陀三尊像を子息が造り これを安置した阿弥陀堂を棲霞寺と号した。
その後天慶8年(945年)に 重明親王妃が新堂を建て 等身大の釈迦像を安置した。
一説では 「釈迦堂」の名の起こりはこの時であるという。
棲霞寺草創から数十年後 宋に渡り 五台山(一名、清凉山)を巡礼した奝然という東大寺出身の僧がいた。
奝然は 宋へ渡航中の寛和元年(985年) 台州の開元寺で現地の仏師に命じて1体の釈迦如来像を謹刻させた。
奝然は 永延元年(987年)日本に帰国後 京都の愛宕山を宋の五台山に見立て 愛宕山麓にこの釈迦如来立像を安置する寺・大清凉寺を建立しようとしたが 様々な障害に阻まれ 一旦京都の船岡山にある蓮台寺に釈迦像を運び込むことになる。
奝然は 三国伝来の釈迦像をこの嵯峨の地に安置することで 南都系の旧仏教の都における中心地としようとしたものと思われる。
都の西北方にそびえる愛宕山麓の地に拠点となる大清凉寺を建立することで 相対する都の東北方に位置する比叡山延暦寺と対抗しようとした という意図が込められていたとされる。
しかし 延暦寺の反対にあい その願いを達しないまま長和5年(1016年) 奝然は没した。
彼の遺志を継いだ弟子の盛算(じょうさん)が棲霞寺の釈迦堂に「栴檀の瑞像」(前述の三国伝来の釈迦像)を安置すると 釈迦堂は華厳宗の寺・五台山清凉寺と改変された。
その後 華厳宗の他に天台宗 真言宗を兼ねるようになる。
また 愛宕山白雲寺(現・愛宕神社)の山下別当寺ともなった。
享禄3年(1530年)に円誉が当寺に入り 初めて十二時の念仏を勤修してより 本寺は浄土宗の寺となる。
釈迦堂(本堂)は 慶長7年(1602年)に豊臣秀頼によって寄進・造営されたが その後 寛永14年(1637年)に発生した嵯峨大火で類焼し 本堂以下の伽藍が被災した。
徳川綱吉の母である桂昌院の発願で 伽藍の復興が行われた。
三国伝来の釈迦像・生身の釈迦は信仰を集め 清凉寺は「嵯峨の釈迦堂」と呼ばれて栄えた。
しかし 明治時代の神仏分離によって愛宕山白雲寺は愛宕神社になり 山下別当寺であった当寺は愛宕山から分離された。
一方 母体であった棲霞寺は次第に衰微してやがて清凉寺に吸収されたが 今に残る阿弥陀堂や 阿弥陀三尊像(国宝 現在は霊宝館に安置)に その名残をとどめている。


嵯峨釈迦堂として知られている清凉寺(せいりょうじ)は、日本三如来の一つ木造釈迦如来立像(国宝)を本尊とする。清凉寺開基の奝然(ちょうねん)が中国から模刻し持ち帰った木造釈迦如来立像の体内には、絹で作られた五臓六腑が施入されていた。境内には、源氏物語の主人公光源氏のモデルともいわれる源融(みなもとのとおる)公の墓所、豊臣秀頼の首塚、一切経堂、弁天堂、八宗論池などがある。
かつて八宗論池の周りでは、空海が南都八宗の僧と宗論し論破したと言われている。八宗論池近く一切経堂内には輪蔵があり、輪蔵を回せば、お釈迦様がお説になった法典をすべて読んだのと同じ功徳が得られる。3月15日、涅槃会・お松明式が催されます。ちなみに、お松明式は京都三大火祭の1つに数えられる。4月の第1日曜日・第2土曜日・第2日曜日の3日間、狂言堂で嵯峨大念仏狂言(京都三大念仏狂言)が行われます。
| 住所 | 京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46 |
|---|---|
| 行き方 | 市バス 嵯峨釈迦堂前バス停
|
| 名称 | 清凉寺 |
|---|---|
| 読み方 | せいりょうじ |
| 通称 | 嵯峨釈迦堂 |
| 参拝時間 | 9:00~16:00 4月・5月・10月・11月は9:00~17:00 |
| 参拝にかかる時間 | 30分 |
| 参拝料 | 400円 |
| トイレ | 西門、狂言堂間近くにあり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 075-861-0343 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://seiryoji.or.jp/ |
| ご本尊 | 釈迦如来(国宝) |
|---|---|
| 山号 | 五臺山 |
| 宗旨・宗派 | 浄土宗 |
| 開山・開基 | 開山 盛算上人・開基 奝然上人 |
| 文化財 | 木造釈迦如来立像及像内納入品、木造阿弥陀三尊坐像ほか(国宝)
|
| ご由緒 | 嵯峨釈迦堂として知られている清凉寺(せいりょうじ)は、日本三如来の一つ木造釈迦如来立像(国宝)を本尊とする。清凉寺開基の奝然(ちょうねん)が中国から模刻し持ち帰った木造釈迦如来立像の体内には、絹で作られた五臓六腑が施入されていた。境内には、源氏物語の主人公光源氏のモデルともいわれる源融(みなもとのとおる)公の墓所、豊臣秀頼の首塚、一切経堂、弁天堂、八宗論池などがある。
|
| 体験 |
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ