にそんいん
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楽しみ方二尊院のお参りの記録(2回目)
投稿日:2026年03月08日(日) 20時01分54秒
参拝:2026年2月吉日
二尊院は京都市右京区にあるお寺です。
嵯峨野は小倉百人一首が編纂された地で有名ですが 二尊院の裏山に 藤原定家が小倉百人一首を作成した場所とされている時雨亭の跡があります。
立派な山門をくぐると 100m以上参道が真っすぐ続きます。
両サイドにはもみじが植わっていて 紅葉の季節はすごいことになりそうです。
土塀に突き当り 左手に進むと 黒門と勅使門があります。
勅使門から入りましょう。
立派な造りで 勅額(扁額)の字は後柏原天皇の字だそうです。
本堂はとても大きいです。
反屋根がさらに大きく見せます。
中に入ることはできませんが ご本尊を拝顔することはできます。
二尊院にはご本尊が2体いらっしゃいます。
二尊院の名は本尊の二如来像に由来するそうです。
右が釈迦如来で 左が阿弥陀如来です。
釈迦如来は 人が誕生し 人生の旅路に出発する時送り出してくれる「発遣の釈迦」といい 阿弥陀如来は その人が寿命をまっとうした時 極楽浄土よりお迎えくださる「来迎の弥陀」というそうです。
鎌倉時代の春日仏師の作だそうです。
ありがたく拝顔させていただき合掌しました。
本堂裏手には六地蔵の庭があります。
天道・人道・畜生道・修羅道・飢餓道・地獄道の六道に苦しむすべての衆生を救済する6体のお地蔵様です。
どちらもかわいらしいお顔でした。
本堂で御朱印をいただき 九頭竜辨財天を見に行きました。
実物も見られたのですが小さくてはっきりしません。
ありがたいことに拡大された写真が置いてありました。
こっわい顔してますね。
和泉明神社・八社ノ宮でもお詣りしました。
境内には 小倉餡発祥の地の石碑がありました。
鐘楼は撞いても良いそうなので撞いてみました。
カーンとかコーンという軽い音は好きではないのですが こちらの鐘楼は良い音でした。
ここから石段を上がります。
上がり切った所に 法然上人廟がありました。
こちらでも合掌。
さらに山道を奥に進みますと 小倉百人一首を選定した藤原定家の小倉山荘「時雨亭」の跡があります。
基礎石しかないですが 目の前は開けていて 京都市街が一望できるロケーションです。
すごい場所に山荘を建てたんだなぁと感じる場所です。
百人一首がお好きな方は 近江神宮だけでなくこちら二尊院にも参拝されることをおススメします。
ネット情報です。
山号は小倉山
院号は二尊教院
宗旨は天台宗
ご本尊は釈迦如来・阿弥陀如来(双方とも重要文化財)
創建年は承和年間(834年 - 847年)
開山は円仁
開基は嵯峨天皇(勅願)
正式名は小倉山二尊教院華台寺
別称は二尊院
札所は法然上人二十五霊場第17番
当院は 平安時代初期の承和年間(834年 - 847年)に嵯峨天皇の勅願により円仁(慈覚大師)によって創建されたと伝わる。
以後荒廃するが 法然が当院に住し法を説いている。
その後 鎌倉時代初期に法然の高弟だった第3世湛空らにより再興され 天台宗・真言宗・律宗・浄土宗の四宗兼学の道場となった。
その中でも浄土宗の勢力は強く 嵯峨門徒の拠点とされた。
また 湛空は土御門天皇と後嵯峨天皇の戒師を務めている。
嘉禄3年(1227年)に起こった嘉禄の法難の際には 法然の遺骸を天台宗の僧兵から守るために法然廟所から当院まで六波羅探題の武士団らが護衛して移送している。
その後 法然の遺骸は西山の念仏三昧院に運ばれて荼毘に付された。
第4世叡空は後深草天皇・亀山天皇・後宇多天皇・伏見天皇の四帝の戒師を務めている。
南北朝時代から御黒戸四箇院(廬山寺・二尊院・般舟三昧院・遣迎院)の一つとして 御所内の仏事を明治維新まで司っている。
そのため 鷹司家・二条家・三条家・四条家・三条西家・嵯峨家などの公家の墓が数多くある。
室町時代になると応仁の乱による延焼で堂塔伽藍が全焼するが 本堂と唐門が約30年後の永正18年(1521年)に 後奈良天皇の戒師を務めた第16世恵教上人の代に三条西実隆が寄付金を集めて本堂と唐門を再建している。
江戸時代後期より天台宗に属するようになり 「嵯峨三名跡」の1か寺に数えられる。
嵯峨野は小倉百人一首が編纂された地で有名ですが 二尊院の裏山に 藤原定家が小倉百人一首を作成した場所とされている時雨亭の跡があります。
立派な山門をくぐると 100m以上参道が真っすぐ続きます。
両サイドにはもみじが植わっていて 紅葉の季節はすごいことになりそうです。
土塀に突き当り 左手に進むと 黒門と勅使門があります。
勅使門から入りましょう。
立派な造りで 勅額(扁額)の字は後柏原天皇の字だそうです。
本堂はとても大きいです。
反屋根がさらに大きく見せます。
中に入ることはできませんが ご本尊を拝顔することはできます。
二尊院にはご本尊が2体いらっしゃいます。
二尊院の名は本尊の二如来像に由来するそうです。
右が釈迦如来で 左が阿弥陀如来です。
釈迦如来は 人が誕生し 人生の旅路に出発する時送り出してくれる「発遣の釈迦」といい 阿弥陀如来は その人が寿命をまっとうした時 極楽浄土よりお迎えくださる「来迎の弥陀」というそうです。
鎌倉時代の春日仏師の作だそうです。
ありがたく拝顔させていただき合掌しました。
本堂裏手には六地蔵の庭があります。
天道・人道・畜生道・修羅道・飢餓道・地獄道の六道に苦しむすべての衆生を救済する6体のお地蔵様です。
どちらもかわいらしいお顔でした。
本堂で御朱印をいただき 九頭竜辨財天を見に行きました。
実物も見られたのですが小さくてはっきりしません。
ありがたいことに拡大された写真が置いてありました。
こっわい顔してますね。
和泉明神社・八社ノ宮でもお詣りしました。
境内には 小倉餡発祥の地の石碑がありました。
鐘楼は撞いても良いそうなので撞いてみました。
カーンとかコーンという軽い音は好きではないのですが こちらの鐘楼は良い音でした。
ここから石段を上がります。
上がり切った所に 法然上人廟がありました。
こちらでも合掌。
さらに山道を奥に進みますと 小倉百人一首を選定した藤原定家の小倉山荘「時雨亭」の跡があります。
基礎石しかないですが 目の前は開けていて 京都市街が一望できるロケーションです。
すごい場所に山荘を建てたんだなぁと感じる場所です。
百人一首がお好きな方は 近江神宮だけでなくこちら二尊院にも参拝されることをおススメします。
ネット情報です。
山号は小倉山
院号は二尊教院
宗旨は天台宗
ご本尊は釈迦如来・阿弥陀如来(双方とも重要文化財)
創建年は承和年間(834年 - 847年)
開山は円仁
開基は嵯峨天皇(勅願)
正式名は小倉山二尊教院華台寺
別称は二尊院
札所は法然上人二十五霊場第17番
当院は 平安時代初期の承和年間(834年 - 847年)に嵯峨天皇の勅願により円仁(慈覚大師)によって創建されたと伝わる。
以後荒廃するが 法然が当院に住し法を説いている。
その後 鎌倉時代初期に法然の高弟だった第3世湛空らにより再興され 天台宗・真言宗・律宗・浄土宗の四宗兼学の道場となった。
その中でも浄土宗の勢力は強く 嵯峨門徒の拠点とされた。
また 湛空は土御門天皇と後嵯峨天皇の戒師を務めている。
嘉禄3年(1227年)に起こった嘉禄の法難の際には 法然の遺骸を天台宗の僧兵から守るために法然廟所から当院まで六波羅探題の武士団らが護衛して移送している。
その後 法然の遺骸は西山の念仏三昧院に運ばれて荼毘に付された。
第4世叡空は後深草天皇・亀山天皇・後宇多天皇・伏見天皇の四帝の戒師を務めている。
南北朝時代から御黒戸四箇院(廬山寺・二尊院・般舟三昧院・遣迎院)の一つとして 御所内の仏事を明治維新まで司っている。
そのため 鷹司家・二条家・三条家・四条家・三条西家・嵯峨家などの公家の墓が数多くある。
室町時代になると応仁の乱による延焼で堂塔伽藍が全焼するが 本堂と唐門が約30年後の永正18年(1521年)に 後奈良天皇の戒師を務めた第16世恵教上人の代に三条西実隆が寄付金を集めて本堂と唐門を再建している。
江戸時代後期より天台宗に属するようになり 「嵯峨三名跡」の1か寺に数えられる。

立派な山門

境内案内図

由緒書

天皇皇后両陛下行幸啓行在所

寺号標

弁財天の名も

西行法師庵の跡

参道が長~い

丸山海道・佳子歌碑

参道はまだまだ モミジの紅葉が見事だそうです

勅使門

勅額「小倉山」は後柏原天皇の宸筆

本堂

本堂前庭


のきばの松

本堂中庭

本堂に 親鸞聖人直筆署名が残っています

本堂

ご本尊は2体

2体いらっしゃるから二尊院だそうです

右が釈迦如来 左が阿弥陀如来

仏様の説明

本堂裏庭は 六地蔵の庭

人道大清浄地蔵菩薩

天道大堅固地蔵菩薩

畜生道大光明地蔵菩薩

餓鬼道大徳清浄地蔵菩薩

修羅道清浄無垢地蔵菩薩

地獄道大定智悲地蔵菩薩

本堂の扁額

詠歌

本堂由来

手水

九頭竜辨財天

お堂は開いていました

内陣 九頭竜辨財天 見えるかなぁ

こんな姿

鐘楼 撞けます

小倉餡発祥の地

和泉明神社

八社ノ宮

松尾神社・愛宕神社・石清水八幡宮・伊勢皇大神宮・熱田神宮・日吉神社・八坂神社・北野神社

石段を上がります

法然上人廟

さらに山道を奥へ

奥へと進みます

時雨亭跡

京都市街を一望

奥に比叡山
すてき
投稿者のプロフィール

くるくるきよせん3255投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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