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じんごじ|高野山真言宗高雄山

神護寺
公式京都府 トロッコ保津峡駅

神護寺について

教科書でもおなじみの伝源頼朝像があるお寺


近年、この絵は頼朝ではなく足利直義ではないかと言う話が出ているが、決定事項にならないため今でも頼朝像であるとされている。
紅葉の名所でもある。

西国四十九薬師霊場第44番札所

おすすめの投稿

沙羅双樹の花
沙羅双樹の花
2024年10月15日(火)
390投稿

 春・秋 多宝塔特別拝観があります。多宝塔には五大虚空蔵菩薩が安置されており、拝観に伺いました。
 ようやく季節が進み、秋の雲を眺めながら石段を上がるという気持ちのいいお参りとなりました。🙌

 虚空蔵菩薩。無限の知恵と慈悲を持つ仏様。この
仏様に祈りの言葉(真言)を一日一万回。百日間かけ唱える修行を"虚空蔵求聞持法"といいます。空海が室戸岬の洞窟に籠もって修したと言われています。
真言は、"おん ばざら あらたんのう おんたらく そわか"や"のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか"。唱えながら、何回唱えたかということも把握しなければいけないわけですから相当な集中力がいることが想像できます。😯

 この日は、まず金堂の御本尊·薬師如来に手を合わせ、多宝塔に向かいました。🙏

  山号:高雄山
  宗派:高野山真言宗
 御本尊:薬師如来(金堂)
  創建:824年(天長元年)
  開基:和気清麻呂

神護寺(京都府)

【参道】
段の高さが私には歩きやすかったです。🚶

神護寺(京都府)

【硯石】

神護寺(京都府)

段のない方を選びました。🤭

神護寺(京都府)

【楼門】

神護寺(京都府)

【楼門】

神護寺(京都府)

【金堂】(国宝)
御本尊:薬師如来
元興寺さんや室生寺さんのお薬師さんと同じように、立派な体躯をされていますが、お顔立ちは穏やか。大きな火災、廃仏毀釈を乗り越え···空海さんも手を合わせたかと思うと感無量です。有難い。日光·月光菩薩両脇に。僧侶の方の話によると、日光·月光菩薩は、膝から下が建立当時のまま。言われないと気が付きません。いかに修復に携わった仏師の腕が良かったか。ため息が出ます。

 この後、多宝塔へ。五体の虚空蔵菩薩に手を合わせました。五体それぞれ表情も違いますし、持っておられる物も違う。(当たり前ですが)守っておられる方角や衣の色···
興味深いです。

神護寺(京都府)

【閼伽井】

神護寺(京都府)

【大師堂】

神護寺(京都府)

【毘沙門堂】

神護寺(京都府)

【五大堂】

神護寺(京都府)

【明王堂】

神護寺(京都府)

【和気清麻呂公霊廟】
手を合わせます。🙏

神護寺(京都府)

【楼門】
裏から

神護寺(京都府)

楼門出たところに

神護寺(京都府)

薬師如来

神護寺(京都府)

五大虚空蔵菩薩
法界虚空蔵 迷いを解き払う仏様

神護寺(京都府)

五大虚空蔵菩薩
右 金剛界虚空蔵 財産や幸福をもたらす
         仏様
左 業用虚空蔵菩薩 穢れを離れ清浄な仏
          様

神護寺(京都府)

五大虚空蔵菩薩
右 宝光虚空蔵 願い事を叶えてくれる仏
        様
左 蓮華虚空蔵 願い事に関して施してく
        れる仏様

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2023年03月02日(木)
1979投稿

京都市右京区にあるお寺です。
山号は高雄山
宗旨宗派は高野山真言宗
寺格は遺迹本山
ご本尊は薬師如来(国宝)
です。
高雄山の中腹に位置する山岳寺院です。
近くに駐車場があるので助かります。
清滝川に架かる高雄橋から長い参道を歩きます。
脚力には不安がなかったので、気合を入れました。
途中、何人かのお兄さんお姉さん(私より)を申し訳なさそうに追い抜きました。
が。。。長い道のりは、登山ほど急ではないものの、坂道よりは急。階段の幅が微妙に広く、歩幅がとりにくい。
拝観料を払う時には息が上がってしまっていました。
少し息を整えて境内へ。
金堂、多宝塔、大師堂などの歴史を感じる建物がお迎えしてくれます。
御山ですから、広い境内をゆっくり歩きました。
境内の外れには、厄除けかわらけ投げがありました。
渓谷を見下ろす景色に癒されました。が、文覚上人墓まで行く気力は残っていませんでした。
お参りする方は、翌日の筋肉痛を覚悟してください。
神護寺は空海が東寺や高野山の経営に当たる前に一時住した寺であり、最澄もここで法華経の講義をしたことがあるなど、日本仏教史上重要な寺院だそうです。

神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺の本殿
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺の景色
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺(京都府)
神護寺の建物その他
神護寺の建物その他
神護寺(京都府)
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歴史

 平安遷都の提唱者であり、また新都市造営の推進者として知られる和気清麻呂は、天応元年(781)、国家安泰を祈願し河内に神願寺を、またほぼ同じ時期に、山城に私寺として高雄山寺を建立している。
 神願寺が実際どこにあったのか、確かな資料が残っていないため、いまだ確認されていないが、その発願は和気清麻呂がかねて宇佐八幡大紳の神託を請うた時「一切経を写し、仏像を作り、最勝王経を読誦して一伽藍を建て,万代安寧を祈願せよ」というお告げを受け,その心願を成就するためと伝えられ、寺名もそこに由来している。
 また、私寺として建てられた高雄山寺は、海抜900メートル以上の愛宕五寺のひとつといわれているところからすれば、単なる和気氏の菩提寺というよりは、それまでの奈良の都市仏教に飽きたらない山岳修行を志す僧たちの道場として建てられたと考えられる。
 愛宕五寺または愛宕五坊と呼ばれる寺は白雲寺、月輪寺、日輪寺、伝法寺、高雄山寺であるが、残念ながら現在にその名をとどめているのは高雄山寺改め神護寺と月輪寺のみである。
 その後、清麻呂が没すると、高雄山寺の境内に清麻呂の墓が祀られ、和気氏の菩提寺としての性格を強めることになるが、清麻呂の子息(弘世、真綱、仲世)は亡父の遺志を継ぎ、最澄、空海を相次いで高雄山寺に招き仏教界に新風を吹き込んでいる。
 弘世、真綱の兄弟は、比叡山中にこもって修行を続けていた最澄に、高雄山寺での法華経の講演を依頼している。
 この平安仏教の第一声ともいうべき講演が終わると、最澄は還学生として唐にわたることとなる。
 また、空海は留学生として最澄とともに入唐するが、二年で帰国、三年後にようやく京都に入ることが許されるや高雄山寺に招かれ、以後数年にわたる親交が続けられ、天台と真言の交流へと進展してゆく。
 やがて天長元年(824)真綱、仲世の要請により神願寺と高雄山寺を合併し、寺名を神護国祚真言寺(略して神護寺)と改め、一切を空海に付嘱し、それ以後真言宗として今日に伝えている。
 神護寺は最澄、空海の活躍によって根本道場としての内容を築いていったが、正暦五年(994)と久安五年(1149)の二度の火災にあい,鳥羽法皇の怒りに触れて全山壊滅の状態となった。
 わずかに本尊薬師如来を風雨にさらしながら残すのみであった惨状を見た文覚は、生涯の悲願として神護寺再興を決意するが、その達成への道はとても厳しかった。
 上覚や明恵といった徳の高い弟子に恵まれ元以上の規模に復興された。
 その後も天文年中の兵火や明治初年の廃仏毀釈の弾圧にも消えることなく法灯を護持している。

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神護寺の基本情報

住所京都府京都市右京区梅ケ畑高雄町5
行き方

京都市営バス高雄バス停、JRバス山城高雄バス停下車、徒歩20分

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名称神護寺
読み方じんごじ
参拝時間

9:00~16:00 年中無休

参拝料

大人600円、小学生300円

御朱印あり

限定御朱印あり
御朱印帳に直書きあり

御朱印の郵送対応なし

御朱印帳あり
電話番号075-861-1769
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巡礼の詳細情報

西国薬師四十九霊場

第44番

御真言:

おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

仏塔古寺十八尊

第7番

御本尊:薬師如来

神仏霊場巡拝の道

数珠巡礼

第42番

詳細情報

ご本尊薬師如来(国宝)
山号高雄山
宗旨・宗派高野山真言宗
創建時代781(天応元年)
開山・開基和気清麻呂
本堂入母屋造
ご由緒

 平安遷都の提唱者であり、また新都市造営の推進者として知られる和気清麻呂は、天応元年(781)、国家安泰を祈願し河内に神願寺を、またほぼ同じ時期に、山城に私寺として高雄山寺を建立している。
 神願寺が実際どこにあったのか、確かな資料が残っていないため、いまだ確認されていないが、その発願は和気清麻呂がかねて宇佐八幡大紳の神託を請うた時「一切経を写し、仏像を作り、最勝王経を読誦して一伽藍を建て,万代安寧を祈願せよ」というお告げを受け,その心願を成就するためと伝えられ、寺名もそこに由来している。
 また、私寺として建てられた高雄山寺は、海抜900メートル以上の愛宕五寺のひとつといわれているところからすれば、単なる和気氏の菩提寺というよりは、それまでの奈良の都市仏教に飽きたらない山岳修行を志す僧たちの道場として建てられたと考えられる。
 愛宕五寺または愛宕五坊と呼ばれる寺は白雲寺、月輪寺、日輪寺、伝法寺、高雄山寺であるが、残念ながら現在にその名をとどめているのは高雄山寺改め神護寺と月輪寺のみである。
 その後、清麻呂が没すると、高雄山寺の境内に清麻呂の墓が祀られ、和気氏の菩提寺としての性格を強めることになるが、清麻呂の子息(弘世、真綱、仲世)は亡父の遺志を継ぎ、最澄、空海を相次いで高雄山寺に招き仏教界に新風を吹き込んでいる。
 弘世、真綱の兄弟は、比叡山中にこもって修行を続けていた最澄に、高雄山寺での法華経の講演を依頼している。
 この平安仏教の第一声ともいうべき講演が終わると、最澄は還学生として唐にわたることとなる。
 また、空海は留学生として最澄とともに入唐するが、二年で帰国、三年後にようやく京都に入ることが許されるや高雄山寺に招かれ、以後数年にわたる親交が続けられ、天台と真言の交流へと進展してゆく。
 やがて天長元年(824)真綱、仲世の要請により神願寺と高雄山寺を合併し、寺名を神護国祚真言寺(略して神護寺)と改め、一切を空海に付嘱し、それ以後真言宗として今日に伝えている。
 神護寺は最澄、空海の活躍によって根本道場としての内容を築いていったが、正暦五年(994)と久安五年(1149)の二度の火災にあい,鳥羽法皇の怒りに触れて全山壊滅の状態となった。
 わずかに本尊薬師如来を風雨にさらしながら残すのみであった惨状を見た文覚は、生涯の悲願として神護寺再興を決意するが、その達成への道はとても厳しかった。
 上覚や明恵といった徳の高い弟子に恵まれ元以上の規模に復興された。
 その後も天文年中の兵火や明治初年の廃仏毀釈の弾圧にも消えることなく法灯を護持している。

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