あわたじんじゃ
粟田神社のお参りの記録一覧
十六社巡り6社目
アヒルで有名な粟田神社
くりたではないですよ、あわたです
宝物庫解放中
去年来た時は境内に車を停めましたが
今年は、上の写真のスロープの途中に新設された駐車場への入り口がありまーす
【京都刀剣御朱印めぐり】第11弾 参拝しました。
本殿の唐獅子の彫刻の目が光って見えます
【京都刀剣御朱印めぐり】第11弾 御朱印
唐獅子の目が光って見えました
青蓮院さんから粟田神社へ。小高い丘になっているので少しですが見通せます。平安の創建で、当時の東山道、東海道からの京への入り口。刀剣ブームで参拝が増えたようで、刀剣グッズを求める方々もいらっしゃいました。
御朱印。京の文字が良い。
二の鳥居。
鳥居を潜るとなだらかな階段の参道。
御本殿。落ち着いた感じ。
檜皮葺拝殿。本殿から離れていて、本殿で直接参拝します。むしろ舞殿のように見えます。
出世恵比寿。お願い一杯。
京都市製作の案内板によれば、旧粟田口村の産土神であり、平安前期(876)に出羽守 藤原興世(ふじわらのおきよ)が勅命によって勧請したことに始まり、平安後期に天台宗の僧である忠尋(ちゅうじん)が再建したものの、応仁の乱の戦禍に巻き込まれて焼失し、戦国中期に吉田兼倶(よしだかねとも)が再興したとされています。
一方、神社側の案内板によれば、上古の頃、第5代孝昭天皇の皇子・天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)を祖とする粟田氏が、祠を建てて氏神として祀っていたとも記されています。そのため、もしかすると相当古い時代から存在する神社なのかもしれません(ちなみに粟田氏は熱田(現・愛知県)に移ったとされる)。
なお、江戸時代までは「感神院新宮」「粟田天王宮」「粟田八大王子社」などと呼ばれていたそうですが、明治に入って社名を「粟田神社」と改めたとされています。
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