ちおんいん|浄土宗|華頂山
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楽しみ方知恩院のお参りの記録一覧(11ページ目)

浄土宗 総本山 知恩院
入口に建っている三門は国宝に指定されていて高さ24m幅50m、南禅寺・仁和寺と並び「京都三大門」のひとつとされています。
とにかくその大きさにびっくりというか圧巻😳‼️
御影堂も国宝に指定されていて堂内には御本尊の法然上人が安置されていて堂内に入ってお念仏を唱えさせていただきました。
私がお参りした前日には除夜の鐘の試し撞きが行われたそうです。






秋晴れの下、京都に行き知恩院に参拝。広大な敷地の境内でしたが、方丈庭園など可能な限り見学してきました。

草も木も枯れたる野辺にただひとり松のみ残る弥陀の本願














京都市東山区の大きな三門で有名な知恩院に はじめてご参拝させていただきました🥹🌿平安時代末期に法然(ほうねん)上人が開いた浄土宗の総本山です🥹🌿
法然像をご本尊とする御影堂(みかげどう)こと知恩院本堂はスケールが大きくて👀びっくりしました😯🥹🌿ちょうど法要が行われていて読経の中 正面に正座させていただきました🥹🌿目頭が熱くなりました🥹🌿
阿弥陀堂では阿弥陀如来さまにお会いできました🥹🌿すごくやさしいお顔が印象的でした☺️🌿
法然上人の御廟がご鎮座する上段や庭園までは🥵暑さのために行けませんでしたがすばらしいところです☺️🌿 またリベンジさせていただきたいと思います😊🌿
精進して また 健康にご参拝させていただけますように🥹🌿

欣求浄土ごんぐじょうど(期間限定)

勢至菩薩せいしぼさつ

御詠歌ごえいか
草も木も枯れたる
野辺にただひとり
松のみ残る弥陀の本願

法然上人ほうねんしょうにん

















法然像をご本尊とする御影堂(みかげどう)
スケールが大きくて👀びっくりしました😯🥹🌿
厳粛な読経の中 正面に正座させていただいて
目頭が熱くなりました🥹🌿






きょうも大きな鳥が上空を旋回してくれました🥹🌿




朱印所☺️🌿
とても親切にしていただきました🥹🌿
四通の速記 達筆😯感動しました🥹🌿

経蔵🥹🌿








阿弥陀如来さまのやさしいまなざしに
ほっとやすらぎました🥹🌿



阿弥陀堂と御影堂(みかげどう)は
歩廊(国宝)で繋つながっています☺️🌿








唐門🥹🌿











「華頂山」(かちょうざん)
涅槃(ねはん)に到達するために通過しなければならない三つの悟りの段階「空」「無常」「無」を表していると教わりました🧐🌿
霊元天皇(112代)の宸筆(しんぴつ)といわれています🧐🥹🌿




#知恩院 #大谷寺 #勢至堂
お堂のご本尊は勢至菩薩。
#勢至菩薩
梵語でマハースターマプラープタ。真言は「オン サン ザン ザン サク ソワカ」、種子はサク。十三仏の9番手で、年忌法要のうち一周忌の本尊。干支守り本尊の1尊で、午年・6月生まれを守護。アミダ二十五菩薩の1尊。アミダ三尊の1尊で、アミダ如来の右脇侍。胎蔵マンダラの心臓部をなす中台八葉院に向かって左、蓮華部(れんげぶ)院というブロックにいる。
仏様を紹介する本が、勢至菩薩のページでほぼ確実に書いているのが、アミダ三尊というグループを離れて単独で祀られることはほとんどない、という点。いくら何でも、あんまりだ。そしてその数少ない例が知恩院勢至堂。僕の知る限りではここが唯一だ。
しかし彼女、非常に強力な仏様だったりもする。梵語のマハースターマプラープタは、「大いなる勢力を得たる者」という意味。京都十三佛霊場が発行している冊子には、足を投げ出しただけで大魔王の宮殿が揺らぐほどの勢力を有する、とある。
その力の反面、意外と女性的な尊格でもある。思いのほか多くの本で、古代イランの水の女神アナーヒターと関連づける記述を目にした。
強さと包容力を兼ね備えた勢至菩薩。個人的にかなり好きな仏様なのだが、少なくとも日本ではアミダさまの『with B』的な認識にとどまっているのが、つくづく残念に思う。


#知恩院 #大谷寺
境内の奥の方に神社のような祠がある。HPには祠自体が濡髪大明神と記載されている。濡髪童子を祀る。
#濡髪童子 #濡髪大明神
濡髪童子に関しては、HPでもかなり詳しく説明されている。
知恩院の三門をくぐった先の広場に建つ、ひときわ大きくて目立つ建物は、法然上人を祀る御影堂。HPによれば、濡髪童子は元々、御影堂の建つ位置を住処とする白狐だった。御影堂ができて間もないころ、当時の知恩院のトップだった霊巖(れいがん)上人の枕元に、涙で髪を濡らした童子の姿で現れ、窮状を訴えた。上人が新たな起居の場を与えると、後日お礼を言いに現れ、知恩院を火事から守ると約束した。童子姿の彼の髪が濡れていたことから、上人は彼を濡髪童子と名付け、祠に祀ったと。ちなみに御影堂は、HPには徳川家光が建てたとある。
当初は防火の神様だったが、尊名が色っぽい女性を連想させるため、いつからか祇園の舞妓さんたちも通い始め、やがて縁結びの神様として知られるようになったと。


過去におまいりに伺って来ました。

過去に伺って頂いた御朱印帳になります。

過去に伺って頂いた直書きの御朱印になります。

過去に伺って頂いた説明書になります。
京都府のおすすめ❄️
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