ぜんりんじ(えいかんどう)|浄土宗西山禅林寺派|聖衆来迎山
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楽しみ方禅林寺(永観堂)のお参りの記録一覧
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紅葉の名所は、京都に限ってもたくさんありますが、その中で自分がまず頭に思い浮かぶのは、今回の永観堂です。
今年はちょうど見頃だったせいか、入る前にもものすごい行列ができていました。
昨年度は外国の方が多いなぁと思ったんですが、今年もいらっしゃいましたが、日本人の割合が少しは例年に戻ったのかな?という感じでした。
永観堂の紅葉のどこが自分の印象に残るのか?つらつらと考えながら見て回ったんですが、以下の理由ではと思いました。
1つ目は、太陽光によるライティングです。もともと、黒っぽい赤、赤、赤と黄色の間、黄色と言ったようにいろんな色の紅葉があるのですが、太陽光がさすところは、さらに色の変化が楽しめると言う点です。たくさん人が集まって渋滞が起きているような場所で、これが見受けられました。
2つ目は、水辺のある庭園ですかね。先週行った醍醐寺も水辺のある庭園があり、とてもよかったですが、水面に紅葉と祠のようなものが映ると映えるなぁということで、永観堂でも人がたくさん滞留していました。
次の南禅寺に寄って帰る時、バスに乗る前に並び、乗ってからも渋滞に巻き込まれると言う状況でした。
なかなか紅葉のシーズンの京都は、公共交通機関であっても、バスの場合は、予定通りに移動できないですね。

京都市左京区南部散策。地下鉄東西線蹴上駅から徒歩10分。浄土宗西山禅林寺派の総本山の永観堂さんにお参りしました。紅葉が有名で季節外れということもありその分人が少なくゆっくりと周ることができ、弁天池では三色の睡蓮を観ることができました。綺麗なお寺です。
山号:聖衆来迎山
院号:無量寿院
宗派:浄土宗西山禅林寺派
寺格:総本山
本尊:阿弥陀如来(みかえり阿弥陀、重要文化財)
創建年:仁寿3年(853年)
開山:真紹
正式名:聖衆來迎山無量壽院禪林寺
別称:永観堂
札所等:洛陽六阿弥陀めぐり第2番
法然上人二十五霊跡縁故本山(番外)
西山国師遺跡霊場第8番
文化財:
山越阿弥陀図、金銅蓮華文磬(国宝)
木造阿弥陀如来立像、絹本著色薬師如来像、絹本著色釈迦如来像・十大弟子像3幅ほか(重要文化財)

【聖衆来迎山(しょうじゅらいごうさん)無量寿院(むりょうじゅいん)禅林寺(ぜんりんじ)】
本尊:阿弥陀如来
宗派:浄土宗西山禅林寺派
開山:真紹(しんしょう)
~『百寺巡礼』五木寛之氏が選んだ百の名刹 第86番~
永観堂(えいかんどう)は、京都市左京区永観堂町に位置する。正式には聖衆來迎山無量壽院禪林寺と称する。永観堂の開山は、弘法大師空海の十哲と呼ばれる高弟のひとりで、真紹という真言宗の僧といわれる。真紹は、高野山が都からかなり離れているので、都の近くに小さな道場を建てようと考え、その願いを第56代 清和天皇(858-876)が聞きいれて、863(貞観5)年に、禅林寺という寺名を与えたといわれている。
その後、平安後期になって、第7代の住持として、永観(ようかん)がやってくる。永観は、11歳で禅林寺にはいり、東大寺で受戒、三論宗や法相宗などを学んでいたが、18歳のころから、当時の社会に広がっていた浄土教の影響を受け念仏信仰の道にはいっている。その後、光明山に引きこもって隠遁生活を送り、1072(延久4)年にふたたび禅林寺にもどっている。永観は、源信が示した観想念仏(頭の中に浄土をイメージする)を一歩進め、念仏を唱えることによって、すべての人々は誰でも極楽浄土で再生でき、悟りを開くことができるという称名念仏を説いた。永観の念仏の教えは、その後に登場する法然へと引きつがれていく。
第12代の住持、静遍(じょうへん)のころ、真言宗だった永観堂は、法然を宗祖とする浄土宗に変わっている。
~『百寺巡礼 第九巻 京都Ⅱ』五木寛之(講談社、2005)~
南禅寺からもみじの永観堂へ。もみじにつつまれた境内は人でいっぱいでした。
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