とくりんあん|臨済宗南禅寺派|柳谷山
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歴史
平安時代、琵琶の名手だった仁明天皇第四皇子 四之宮人康親王が両眼失明され、此の地に山科御所を営み隠棲し、1550年、末葉の南禅寺第260世 雲英正怡禅師が、人康親王の菩提を弔うために現在地の北に創建した臨済宗寺院。 旧東海道に面して建つ六角堂に、平安時代初期、小野篁(おののたかむら)が刻んだとされる六体の地蔵の一つが安置され、「山科地蔵」として知られる。 平安時代末に都で疫病が流行し、後白河天皇の勅命で、平清盛は都の出入り口6カ所に六角の地蔵堂を建立し、以後、山科地蔵は東海道の守護仏となっている。
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名称 | 徳林庵 |
---|---|
読み方 | とくりんあん |
通称 | 山科地蔵 山科廻地蔵 四ノ宮地蔵 |
参拝料 | なし |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
電話番号 | 075-581-0019 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
ご本尊 | 地蔵菩薩 |
---|---|
山号 | 柳谷山 |
宗旨・宗派 | 臨済宗南禅寺派 |
創建時代 | 1550年(天文十九年) |
開山・開基 | 雲英禅師 - 南禅寺第260世 |
ご由緒 | 平安時代、琵琶の名手だった仁明天皇第四皇子 四之宮人康親王が両眼失明され、此の地に山科御所を営み隠棲し、1550年、末葉の南禅寺第260世 雲英正怡禅師が、人康親王の菩提を弔うために現在地の北に創建した臨済宗寺院。 旧東海道に面して建つ六角堂に、平安時代初期、小野篁(おののたかむら)が刻んだとされる六体の地蔵の一つが安置され、「山科地蔵」として知られる。 平安時代末に都で疫病が流行し、後白河天皇の勅命で、平清盛は都の出入り口6カ所に六角の地蔵堂を建立し、以後、山科地蔵は東海道の守護仏となっている。 |
体験 | 御朱印札所・七福神巡り |
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最終更新:2024年03月22日(金)
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