きたむきむしはちまんぐう
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方100年後に神社お寺を残せる未来へ
京都府のおすすめ🎍
おすすめの投稿

「夜泣き・癇の虫封じ」の神さま
元は草津湊にありましたが、明治5年(1872年)に田中神社境内に遷座しました。
御所を守護するために北向きに社殿が建てられ「北向虫八幡宮」と称されるようになったそうです。



歴史
平安時代中期第62代村上天皇・第二皇子憲平(のりひら)親王(後の第63代冷泉天皇・950年~1011年)が幼いころ、疳の虫が激しかったので、母藤原安子が当社八幡宮に祈願したところ平癒した。
当社が北を向いているのは安子の父公卿(右大臣)藤原師輔(もろすけ)が御所を守護するようにと北の御所の方に向けて新造した。
当社は明治5(1872)年、平安時代以来浪華より平安に通ずる要所として、物資の集散地、水上の交通の拠点舟運の要として発展してきた草津湊(現在の田中神社御旅所付近)に祀られていたが、現在地に遷座した。
田中神社御旅所は平安京・大内裏の真南にあり、千本通りは、平安京から南北に続く朱雀大路の延長上の道であり、北向は平安京の大内裏の方角を向いていることから、北向虫八幡宮は大内裏を守護してきた神社であったことがわかる。
| 名称 | 北向虫八幡宮 |
|---|---|
| 読み方 | きたむきむしはちまんぐう |
| 参拝料 | なし |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》応神天皇 |
|---|---|
| ご由緒 |
平安時代中期第62代村上天皇・第二皇子憲平(のりひら)親王(後の第63代冷泉天皇・950年~1011年)が幼いころ、疳の虫が激しかったので、母藤原安子が当社八幡宮に祈願したところ平癒した。
|
| ご利益 | 病気平癒 |
ホトカミのデータについて
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
近くの神社お寺
周辺エリア
京都府のおすすめ🎍
北向虫八幡宮に関連する記事
おすすめのホトカミ記事
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ






























3
0