せいがんじ|浄土宗西山深草派|深草山
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楽しみ方誓願寺のお参りの記録一覧

12月の御朱印をいただきに誓願寺へ。堂内では歳末のお掃除中で宝蔵寺の御上人の御姿もあったので塔頭や近隣のご住職が借り出されてるんやろなぁ😅大晦日に向けてこれから慌ただしくなりそうですね。まさに「師走」。御朱印と一緒に西山国師の朱印帳があるか確認すると、あるのですが御朱印をやめられているところもあるので満願にならないかもとのこと😲まあそれ以前に全部周れるか微妙なぐらい広範囲なので・・・なんせ第一番が福島県の白川の関ですから・・・😅

山門

月替わり御朱印看板

本堂

扇塚と地蔵様


山科から街中へランチ後は女性往生のお寺、誓願寺さんへ。
人通りの多い寺町にありますが、本堂内には大きな阿弥陀如来様がいらっしゃるとは知らない方が多いのかな?
一緒に行った京都の友達も大きな阿弥陀如来様には今まで気が付かなかった様です。

本堂内には大きな阿弥陀如来像
圧倒されます。
しばし座ってお参り🙏

龍神様の手水


扇塚

月替わりの御朱印を直書きで頂きました。

京都市中京区にあるお寺です。
妻と義母がお買い物している間の参拝です。
誓願寺も新京極8社寺の一つです。
こちらも浄土宗のお寺ですが 通常開門されていて参拝できます。
市場の一角にあり 山門もとても目立つので 外国の方も参拝されていました。
清少納言や和泉式部が帰依したことでも有名です。
コンクリート製ですが本堂内陣はとても立派で美しいです。
ありがたいことに 拝観料なしでご本尊を拝顔することもできます。
授与品や御朱印は 本堂内でいただくことができます。
境内には少し変わった鐘楼と 北向地蔵尊と 南無地蔵大菩薩像があります。
少しレトロな恋みくじの機械もあります。
顔はめのパネルもありますが この日は出されていませんでした。
ネット情報です。
宗派は浄土宗西山深草派 寺格は総本山 ご本尊は阿弥陀如来 創建年は伝・天智天皇6年(667年) 開山は伝・恵隠 開基は伝・天智天皇(勅願) 札所等は新西国三十三箇所第15番・洛陽三十三所観音霊場第2番・洛陽六阿弥陀めぐり第6番・法然上人二十五霊場第20番・西山国師遺跡霊場第9番・真盛上人二十五霊場第6番です。
当寺は 天智天皇6年(667年)に天智天皇の勅願で恵隠によって奈良に七堂伽藍の寺院として創建され 誓願寺と名づけられたという。
寺伝によると 創建当時の本尊である丈六阿弥陀如来坐像は天智天皇の命により 仏師の賢問子(けんもんし)・芥子国(けしこく)父子によって製作されたものという。
三論宗の寺院となるがいつしか改宗し 法相宗の興福寺の所有となった。
平安時代には清少納言や和泉式部が帰依し 女人往生の寺といわれた。
その後 誓願寺は法相宗の蔵俊僧都が法然上人に譲ったことにより 浄土宗の所属となって 京の一条小川(現・元誓願寺通付近)に移転する。
そこに法然上人の弟子である西山上人証空が入り 自らが唱える西山義の教えを広め始め 浄土宗西山派が成立していった。
後に弟子の立信(円空)が証空から受け継いだ誓願寺の他に 深草の地に真宗院を建立し 証空の教えの上に更に自らの考えをも取り入れて深草流の教えを確立し 広めた。
天正元年(1573年)の火災で荒廃していたが 天正19年(1591年)2月には 豊臣秀吉の命を受けて現在の新京極へ移転し 秀吉の側室であった京極竜子(松の丸殿)とその生家の京極氏から広い敷地が与えられた。
その後 秀吉が亡くなると竜子は当寺に閑居し 秀吉の菩提を弔った。
またこの頃には塔頭寺院は18か寺を数えた。
現在の本尊である阿弥陀如来坐像は元々は石清水八幡宮にあり 八幡神の本地仏として安置されていたものである。
神仏分離によって1869年(明治2年)に当寺に移されて本尊となった。
1876年(明治9年)には誓願寺は浄土宗西山派の北本山となる。
だが 1919年(大正8年)に浄土宗西山派はそれぞれの考えの違いから浄土宗西山光明寺派(戦後に西山浄土宗となる)・浄土宗西山禅林寺派・浄土宗西山深草派の三つに分裂してしまい 現在に至っている。

朱色が鮮やかな山門です

由緒書

寺号の石柱

本堂

内陣

ご本尊

手水舎

鐘楼

北向地蔵尊

本堂から見た

恋みくじ

南無地蔵大菩薩

裏門

寺号標

表へのご案内

お彼岸の御朱印をいただきに誓願寺へ。開門前の到着だったのですが開門前から4人ぐらいの中華系インバウンドが待ってました。若い子たちでしたが本堂はいると阿弥陀様の前できちんと礼拝されていたので感心して見ておりました😲たまにしか見かけないの残念なところですがいるところにはいるもんですねぇ😊朝から気分のいいお詣りをさせていただきました🤗

寺号標

本堂閉まってるのって初めて見たかも(閉門時は山門も閉じている為)

地蔵さんにご挨拶


時代祭りのポスター

本堂

限定御朱印の看板

彼岸法要看板

お盆ですねぇ・・・というわけではないのですが今月の御朱印をいただきに誓願寺へ。今月は朝顔😊夏らしいですが京都だとあまり見かけないというのが本音かも😅市内だと百日紅と木槿のイメージかな?向日葵とかもほぼ見かけないですね🤔阿弥陀様に先祖供養の御念仏をして御朱印を拝受いたしました🤗

宋元仏画。9月20日からの京都国立博物館催しの案内😍

山門。精霊送りの看板が。

阿弥陀様

地藏さん

地藏さん

花まつり御朱印拝受のため参拝。直書き授与日が5日と12日の2日だけだったので混むかなぁと思いましたが…😅まあだいたい初日に行く人が多いので待ちなくてラッキーでした🤗

花まつり御朱印ありの案内

山門

本堂


扇塚と地蔵ちゃま


椿もそろそろ終わりですかね

寺町商店街を少し下って、次は誓願寺。
667年に奈良で創建されたようですが、平安になって京都一条へ、そして秀吉さんによって今の三条に移ったそうです。
ここも商店街に面してまわりは賑やか。けど本堂内は空気が違います。大層立派な阿弥陀如来さまは、石清水八幡宮が神仏分離となった時にこちらに移されたそうです。

御朱印。こういう角印好きです。

全景。

本堂。

外観からは分かりませんが、本堂内部は荘厳。びっくりしました。

新京極の三角広場の前にあります。
建物は新しいコンクリート造りの御本堂で、正面からもう阿弥陀如来さまの眼力の強い
お顔が拝見できます。お寺の方にお声掛けして、中で拝ませていただきました。阿弥陀如来さま
に向かって右側に観音さまがいらっしゃいました。
誓願寺は和泉式部ゆかりのお寺さまとして有名です。これから目指す廬山寺は紫式部ゆかりの
お寺になります。

御朱印です。誓願寺へは、今回観音霊場としてお参りしましたが、京洛六阿弥陀として
の阿弥陀さまがご本尊です。

観光客が多く往来されていますが、参拝に訪れたのは私たちだけでした。

圓光大師とは法然の号であります。

表玄関です。場所柄顔だしの写真ボードなんてちょっとファンキーなものがあります。
提灯に描かれた寺紋は「三つ盛り亀甲に花菱」だそうです。

阿弥陀様です。結構大きく、見た感じでは3メートル以上の高さはあるかと・・・

和泉式部とのゆかりを説明。式部はここで尼さんとなり、お隣で誠心院というお寺を
建ててそこで往生されたとのことでございます。誓願寺は女人往生のお寺で有名です。

矢田寺さんから誓願寺さんへ。
本堂に入ると大きな阿弥陀如来様に迎えて頂きました🙏
清少納言、和泉式部ゆかりのお寺です。
残念ながらこの日は御朱印拝受の時間外でした。
御朱印はまた次回に☘️

正面に顔出し😓
でも楽しく記念撮影をして来ました☘️

阿弥陀如来様にご挨拶🙏
ちょっと暑さで、まったり休憩。

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