こうだいじ|臨済宗建仁寺派|鷲峰山
高台寺(高台寿聖禅寺・高臺寺)京都府 祇園四条駅
今月、72人がお参りしました
- 参拝時間
- 9:00〜17:30 (17:00受付終了)
- 駐車場
- 高台寺駐車場あり
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楽しみ方こうだいじ|臨済宗建仁寺派|鷲峰山
今月、72人がお参りしました
高台寺では通常3種類の御朱印をいただけます。

高台寺は京都市東山区にあるお寺です。
豊臣秀吉公と北政所を祀っているお寺です。
こちらは参拝者がとても多いです。
以前参拝した時には小方丈が工事中のため 境内が工事モードだったのですが 工事も終わりを迎えたようで 幕や足場は撤去されていました。
ただ 小方丈(客殿)に上がることはできません 外から見るだけでした。
本堂での合掌をすませ 次は開山堂へ。
こちらは天井龍図が公開なのですが 堂内の写真撮影は禁止でした。
天井龍図っていろいろなお寺にありますが やはり違いがありますね。
そろそろこの日は時間切れ。
ネット情報です。
山号は鷲峰山
宗派は臨済宗建仁寺派
ご本尊は釈迦如来
創建年は慶長11年(1606年)
開山は弓箴善彊
開基は高台院
正式名は鷲峰山高台寿聖禅寺
札所は洛陽天満宮二十五社順拝第18番(高台寺天満宮)
豊臣秀吉の没後 正室の北政所は慶長8年(1603年)に後陽成天皇から「高台院」の号を勅賜されると 秀吉の菩提を弔おうと寺院の建立を発願し徳川家康もその建立を支援した。
新たに寺院が建てられる場所としては かつて黄金八丈の阿弥陀如来像(大仏)を安置し 応仁の乱で焼失して以来廃絶していた雲居寺があった場所が選ばれた。
家康と高台院は その地にあった岩栖院を南禅寺の境内にその塔頭として移転させると 慶長10年(1605年)に高台院は実母である朝日局が眠る康徳寺をこの地に移転させた上 新たな寺名として高台院にちなんで「高台寺」と改名し その境内を整えていった。
また 高台院は高台寺の西側に自らの屋敷(現・圓徳院)と甥の木下利房の屋敷を造営することとし 同年に伏見城にあった北政所化粧御殿とその前庭を移築して自らの邸宅・高台院屋敷とした。

高台寺(髙臺寺、こうだいじ)は、京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。山号は鷲峰山(じゅぶさん)。本尊は釈迦如来。寺号は詳しくは高台寿聖禅寺と称する。豊臣秀吉の正室である北政所が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院であり、寺号は北政所の落飾(仏門に入る)後の院号である高台院にちなむ。禅宗寺院であるとともに、秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格を持った寺院である。元々は黄金八丈の阿弥陀如来像(大仏)を安置する雲居寺の境内であった。
~ウィキペディアより一部抜粋引用~
修学旅行生の皆さんでしょうか?にぎやかに楽しく観光されている姿が微笑ましく感じられました。
八坂神社から歩いて高台寺を目指したのですが、少し迷いながら到達しました。
もっと読む秀吉の正室である北政所(ねね、出家後は高台院湖月心尼)は秀吉の菩提を弔うための寺院の建立を発願し、当初は北政所の実母・朝日局が眠る康徳寺(京都の寺町にあった)をそれに充てようとしたが、手狭であったため、東山の現在地に新たな寺院を建立することになった。秀吉没後の権力者となった徳川家康は、北政所を手厚く扱い、配下の武士たちを高台寺の普請担当に任命した。中でも普請掛・堀直政の働きは大きかったようで、高台寺の開山堂には直政の木像が祀られている。高台寺の開山は慶長11年(1606年)で、当初は曹洞宗の寺院であった。寛永元年7月(1624年)、高台寺は臨済宗建仁寺派の大本山である建仁寺の三江紹益を中興開山に招聘。この時、高台寺は曹洞宗から臨済宗に改宗している。
| 住所 | 京都府京都市東山区下河原町526 |
|---|---|
| 行き方 | バス停「東山安井」から 徒歩5分
|
| 名称 | 高台寺(高台寿聖禅寺・高臺寺) |
|---|---|
| 読み方 | こうだいじ |
| 参拝時間 | 9:00〜17:30 (17:00受付終了) |
| 参拝料 | 大人600円、中高生250円、高台寺・掌美術館・圓徳院共通拝観券900円 |
| 御朱印 | あり 通常は3種類の御朱印をいただけます。
|
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 075-561-9966 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.kodaiji.com/index.html |
| おみくじ | あり |
| 絵馬 | あり |
| SNS |
| 数珠巡礼 第5番 |
|---|
| ご本尊 | 釈迦如来 |
|---|---|
| 山号 | 鷲峰山 |
| 宗旨・宗派 | 臨済宗建仁寺派 |
| 創建時代 | 慶長十一年(1606) |
| 開山・開基 | 高台院(北政所)/弓箴善彊 |
| ご由緒 | 秀吉の正室である北政所(ねね、出家後は高台院湖月心尼)は秀吉の菩提を弔うための寺院の建立を発願し、当初は北政所の実母・朝日局が眠る康徳寺(京都の寺町にあった)をそれに充てようとしたが、手狭であったため、東山の現在地に新たな寺院を建立することになった。秀吉没後の権力者となった徳川家康は、北政所を手厚く扱い、配下の武士たちを高台寺の普請担当に任命した。中でも普請掛・堀直政の働きは大きかったようで、高台寺の開山堂には直政の木像が祀られている。高台寺の開山は慶長11年(1606年)で、当初は曹洞宗の寺院であった。寛永元年7月(1624年)、高台寺は臨済宗建仁寺派の大本山である建仁寺の三江紹益を中興開山に招聘。この時、高台寺は曹洞宗から臨済宗に改宗している。 |
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