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楽しみ方安井金比羅宮のお参りの記録一覧
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縁切り縁結びで有名な金比羅さん。
京都r143より西側。
東鳥居の南側の細い道を通って有料駐車場。道はかなり細いけど一方通行ではないので相手の車と歩行者のことを考えて進んだり停まったりしないと積む。駐車場自体もそんなに広くない。
神社自体はそれほど広くないが、寒い日の朝9時でもかなりの参拝者がおり、縁切り縁結びの碑は行列ができていた。
絵馬が具体的すぎてフフッってなる。
春の人事異動にショックで号泣していた知人を慰めるために連れてきてお参り。
知人は神頼みとか全然信じないので半信半疑でお参りしてたけど、その後絶対覆らないと言われる人事異動から異例の部署変更で事なきを得て知人は大喜びですぐにお礼参り行っていた。そんな神社。



縁切り縁結びで有名な安井金比羅宮。
社務所は午前9時から午後5時30分までですが、縁切り縁結びの祈願や参拝は24時間可能なようです。
飛鳥時代に藤原鎌足が一族の繁栄を願って創建した藤寺が起源とされています。
第75代崇徳天皇は藤を好まれていたそうで、久安2年(1146年)に堂塔を修造して、寵妃である阿波内侍を住まわされました。
崇徳上皇が保元の乱に敗れて、反乱の原因になったことを理由に讃岐に配流され崩御されます。
阿波内侍は上皇より賜った自筆の御尊影を寺中の観音堂にお祀りされたそうです。
治承元年(1177年)、大円法師が御堂にお籠りされた際、崇徳上皇が姿を現わされ往時の盛況を示したと後白河法皇に奏上し、法皇の命令により建立された光明院観勝寺が当宮の起こりとされています。
その後、光明院観勝寺は応仁の乱の兵火により荒廃してしまいますが、元禄8年(1695年)、蓮華光院が当地に移建され、その鎮守として崇徳天皇に加えて、讃岐の金刀比羅宮より勧請した大物主神と、源頼政公を祀ったことから、安井の金比羅さんの名で知られるようになったとのこと。
崇徳天皇は讃岐に配流されている間、一切の欲を断って金刀比羅宮にお籠りされたことから、安井金比羅宮は、悪縁を断ち良縁を結ぶ神様と呼ばれるようになりました。
絵馬や縁切り縁結び碑に貼られた「形代」には、微笑ましい願いや、病気や悪縁などの切実な縁切りなどが書かれていました。 私が見た絵馬などには無かったのですが、中にはかなり恐ろしい願いや、人の不幸を願うものもあるとか。
さらには、主祭神である崇徳天皇は「日本三大呪怨」のひとつとしても挙げられていることから、「怖い神社」と噂されることもあるようです。
もちろん実際にはそんなことはなく、安井金比羅宮をお参りしたからといって呪われることはないですよ!
ただやはり人の不幸を願うことは、こちらの神社だけでなくどんな場合でもいいことではないでしょうね。
そういった願いは神様が叶えてくれないでしょうし、もし叶ったとしてもきっと「不幸返し」に遭うと私は思っています。
恨む人がいるなら、その人との縁を切って忘れ、自分自身が幸せになれることをお願いする!!
神様が運を与えてくれるというより、前向きな気持ちを持って進むことで運は舞い込み、その心支えとして神様が力を貸してくれるんでしょうね。
なんか、柄にもないことを書いてしまいました😅

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