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楽しみ方安井金比羅宮のお参りの記録一覧
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天智天皇の御代(668~671)に藤原鎌足が一堂を創建し、紫色の藤を植え、藤寺と号し、家門の隆昌と子孫の長久を祈ったことに始まる。第75代崇徳天皇(1123~41)は特にこの藤を好まれ、1146年(久安2)に堂塔を修造して、寵妃烏丸殿(からすまどの)を住まわされた。下って1177年、大円法師が参拝されたときに、崇徳上皇が姿を現されたことを後白河法皇に伝え、詔によって建治年間(1275~77)に建立された光明院観勝寺が当社の起こりといわれている。同寺は応仁の乱(1467~77)の兵火により荒廃したが、1695年(元禄8)太秦安井にあった蓮華光院が当地に移建された時に、その鎮守として崇徳天皇に加えて、讃岐金刀比羅宮より勧請した大物主神と、源頼政を祀ったことから安井の金比羅さんの名で知られるようになった。明治維新後、院を廃し安井神社と称したが、第2次大戦後安井金比羅宮となった。
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この神社は、人の怨念と静寂な凛とした空気が同居している不思議な神社だ。
今から11年前の朝、フラフラと歩いていて目に止まったのが安井金比羅宮に参拝したきっかけだった。当時無職だったのでお参りだけして帰った。その直後当時いい感じになっていた男性と音信不通になった。しかも実は彼が既婚者というオチまでついていた。
この神社の御祭神が怨霊で有名な崇徳院様であることや、縁切り神社で有名であることを知ったのはだいぶ後のこと。悪縁が切れたので、お礼参りに行ったのが去年の春分の日。時間がかなり経っていたにも関わらず、この神社は歓迎してくれた。本殿は優しい空気に包まれていて、ずっとここにいたいと思った。
その後席替えがきっかけで、会社の同僚から放たれる怨念に悩まされ、私の席がある島は険悪な雰囲気に。どうしたらいいのかわからず8月に再びお参りしたら、その5日後同僚が席を移動することになり、私から離れていった。
しかし、その部署内の空気はその後もどんどん悪くなり、私がその邪気に当たって体調不良に悩まされるようになったので、もう全て崇徳院様にお任せするとお参りした。その1週間後同僚が突然退職した。
そして、5月に初めて恋愛成就を願ってお参りした。崇徳院様に言われて、まだ片思いだったけどお礼参り絵馬を買い、既に願いが叶ったつもりで、絵馬に彼とパートナーになったことへの感謝のことばを書いた。言われるがままに書いたが、絵馬に書いたとおり、先月から本当に彼と恋人になってお付き合いを始めた。
この神社の力は本当に凄いと思う。だからこそ真摯な気持ちでお参りし、お礼にも行かないといけないと思う。崇徳院様は本当は優しい人なんだろうと思っている。本殿にいると落ち着くし、参拝するといつもなにか良くないものが抜けていくように感じる。
この神社には感謝しかない。週末御礼に伺う予定だ。

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