御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

やすいこんぴらぐう

安井金比羅宮のお参りの記録一覧
京都府 祇園四条駅

1 / 14ページ1〜25件335件中
くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年08月20日(木)3809投稿

安井金比羅宮は京都市東山区にある神社です。
縁切り・縁結びで京都では超有名な神社です。
特定の誰かと縁切り・縁結びをしたかったわけではないですが 今まで良いご縁でつながっている方々との縁を強くしたかったのでお詣りしました。
社殿の一部工事中でした。
参拝者はとても多くて 着物を着て記念写真を撮っている日本の方がいました。
この界隈で着物姿を見ることは珍しいことではなく 必ず目にする光景になっています。
ですが 外国のお客様か遠方からのお客様がレンタルしていることがほとんどなんです。
写真を撮っていた方は明らかに高級な着物姿でした。(安井天満宮の写真に後ろ姿)
これはレンタルじゃない。有名人?
お顔を拝見しましたが私は芸能人に疎いので分かりませんでした。

拝殿前にも本殿前にも人がいて どうしても映り込みしてしまいました。
本殿でのお詣りをすませ 境内社もすべて巡りました。
超有名な縁切り・縁結び碑にも行列ができていました。
ちょうど男性がくぐり抜けようとされていましたので 顔が見えないところで写真を撮らせていただきました。
碑に貼られたお札の数 とんでもなく多いことがわかります。
こちらはスルーしました。
最後に社務所で御朱印をいただき 東の鳥居から出ました。

ネット情報です。
主祭神は崇徳天皇・大物主神・源頼政
社格は旧郷社
創建は建治年間(1275年 - 1277年)
別名は縁切り神社
札所は洛陽天満宮二十五社順拝第17番(梅丸天満宮)
天智天皇の時代に藤原鎌足が当地に藤原家一門の繁栄を祈願した仏堂を建立し 藤を植樹して藤寺と号したのが当社のそもそもの始まりであるという。
平安時代 崇徳上皇は藤寺の藤を愛でると共に 寵愛している阿波内侍を住まわせてたびたび行幸し 久安2年(1146年)には堂塔を修理している。
崇徳上皇は保元の乱に敗れて讃岐国に流罪となった際 阿波内侍に自筆の尊影を下賜した。
そして上皇が讃岐国で崩御すると悲嘆にくれた阿波内侍は出家して尼になり 上皇の自筆の尊影を藤寺観音堂に奉納し 塚を築いて遺髪を埋めて日夜ひたすら勤行した。
治承元年(1177年)に上皇の自筆の尊影が奉納された藤寺観音堂に大円法師が参拝した際 上皇の霊が現れたことから 後白河法皇の詔によって建治年間(1275年 - 1278年)に崇徳上皇を祀る光明院観勝寺が建立された。
これが当社の起こりとされている。
元禄8年(1695年)に太秦安井の蓮華光院(安井門跡)が当地に移転してくると 光明院観勝寺はその管下に入るが 後代に光明院観勝寺は廃絶した。
明治維新による神仏分離により蓮華光院は廃されると 新たに改組して安井神社と名を改めた。
併せて祭神の金毘羅権現は大物主に改められた。
太平洋戦争後 「安井金比羅宮」の名称となり現在に至る。

安井金比羅宮(京都府)

北側の一の鳥居

安井金比羅宮(京都府)

北側の二の鳥居

他21枚の写真を見る
もっと読む
行きたい
行った
お問い合わせ
御朱印背景
NEWSLETTER

最新の限定御朱印情報が届く!

御朱印メルマガを受け取ろう

※購読はいつでも解除できます。利用開始をもって利用規約プライバシーポリシーに同意したものとみなします。
This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy andTerms of Service apply.
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ