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ほんがんじ(にしほんがんじ)|浄土真宗本願寺派龍谷山

本願寺(西本願寺)

京都府 五条(京都市営)駅

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075-371-5181

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四季
2022年04月06日(水)
211投稿

西本願寺 

~参拝のしるし・和顔愛語「下り藤」~

山号   龍谷山
     豅山
宗旨宗派
     浄土真宗本願寺派

寺格   本山
御本尊  阿弥陀如来
創建年
 大谷本願寺 元亨元年(1321年)
 西本願寺 天正19年(1591年)
開山
 大谷本願寺 覚如(本願寺第3世)
 西本願寺 顕如(本願寺第11世)
中興年   文明3年(1471年)頃
中興    蓮如(本願寺第8世)
正式名   龍谷山 本願寺
別称    本派・お西さん
寺紋    下り藤

文化財   
 書院、飛雲閣、他(国宝)
 絹本著色聖徳太子像、他(重要文化財)等

浄土真宗の宗派の宗教法人法による宗教法人(包括宗教法人)
宗祖親鸞の墓所である 「大谷廟堂」を発祥とする「本願寺」(「西本願寺」)を本山とする。

飛雲閣
国宝。境内南東隅の滴翠園内、滄浪池と名付けられた池に面して建つ、3階建の庭間建築です。
江戸時代の絵図には「御亭(チン)」あるいは「御物見」として現れます。
3階建。各階は平面の大きさを変え、屋根などの意匠も左右相称を避け、変化に富んだ外観。
飛雲閣は原則非公開。
外観のみ期日を限って特別公開されます。
また毎年5月21日の宗祖降誕会の際には室内に茶席が設けられます。
金閣(鹿苑寺)、銀閣(慈照寺)と並んで「京の三閣」と呼ばれます。

境内
1.御影堂門、2.阿弥陀堂門、3.唐門、4.御影堂、5.阿弥陀堂、6.大銀杏(逆銀杏)、7.書院、8.庭園「百華園」、9.飛雲閣、10.鐘楼 等があります。

よしくん代表のご投稿を拝読して、西本願寺にお参り&参拝のしるしを拝受して参りました。
寺紋「下り藤」季節の花「藤」が素敵でした。
今回は、ゆっくり廊下等の埋木を見つけてほっこりしました。
鐘楼の補修が終わっていて美しかったです。

京都市下京区堀川通花屋町下ル本願寺門前町60

本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の芸術本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の自然本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の自然本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の自然本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の御朱印帳
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四季
2021年12月12日(日)
211投稿

西本願寺 

~世界遺産・御影堂門・阿弥陀堂門・唐門~

山号   龍谷山
     豅山
宗旨宗派 浄土真宗本願寺派

寺格   本山
御本尊  阿弥陀如来
創建年
 大谷本願寺 元亨元年(1321年)
 西本願寺  天正19年(1591年)

開山
 大谷本願寺 覚如(本願寺第3世)
 西本願寺  顕如(本願寺第11世)

中興年   文明3年(1471年)頃
中興    蓮如(本願寺第8世)
正式名   龍谷山 本願寺
別称    本派・お西さん

文化財   
 書院、飛雲閣、他(国宝)
 絹本著色聖徳太子像、他(重要文化財)等

浄土真宗の宗派の宗教法人法による宗教法人(包括宗教法人)
宗祖親鸞の墓所である 「大谷廟堂」を発祥とする「本願寺」(「西本願寺」)を本山。

飛雲閣
国宝。境内南東隅の滴翠園内、滄浪池と名付けられた池に面して建つ、3階建の庭間建築です。
江戸時代の絵図には「御亭(チン)」または「御物見」として現れます。
3階建。各階は平面の大きさを変え、屋根などの意匠も左右相称を避け、変化に富んだ外観。
飛雲閣は原則非公開。
外観のみ期日を限って特別公開されます。
また毎年5月21日の宗祖降誕会の際には室内に茶席が設けられます。
金閣(鹿苑寺)、銀閣(慈照寺)と並んで「京の三閣」と呼ばれます。

境内
1.御影堂門、2.阿弥陀堂門、3.唐門、4.御影堂、5.阿弥陀堂、6.大銀杏(逆銀杏)、7.書院、8.庭園「百華園」、9.飛雲閣、10.鐘楼 
等があります。

京都市下京区堀川通花屋町下ル本願寺門前町60

本願寺(西本願寺)(京都府)

唐門

本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の自然本願寺(西本願寺)の建物その他

御影堂

本願寺(西本願寺)(京都府)

阿弥陀堂

本願寺(西本願寺)(京都府)

御影堂門

本願寺(西本願寺)の山門

阿弥陀堂門と京都タワー

本願寺(西本願寺)の自然

御影堂門横の銀杏

本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の自然本願寺(西本願寺)(京都府)

大銀杏(逆銀杏)

本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の自然

大銀杏と京都タワー

本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の建物その他

御影堂

本願寺(西本願寺)の本殿本願寺(西本願寺)の本殿本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の建物その他

御影堂から阿弥陀堂までの廊下

本願寺(西本願寺)(京都府)

半鐘

本願寺(西本願寺)(京都府)

阿弥陀堂へ

本願寺(西本願寺)の芸術本願寺(西本願寺)(京都府)

阿弥陀堂(修復中)
仏扉が閉じられています。

本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の芸術本願寺(西本願寺)(京都府)

天の邪鬼

本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の山門本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の庭園本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の自然本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の芸術本願寺(西本願寺)の芸術本願寺(西本願寺)の芸術本願寺(西本願寺)の芸術本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)の建物その他本願寺(西本願寺)(京都府)

阿弥陀堂門

本願寺(西本願寺)(京都府)本願寺(西本願寺)の芸術本願寺(西本願寺)の本殿本願寺(西本願寺)の建物その他

阿弥陀堂

本願寺(西本願寺)の自然

阿弥陀堂前の銀杏

本願寺(西本願寺)の自然
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歴史

文永7年(1272年)、親鸞の廟堂として京都東山の吉水の地に創建されたがその後比叡山延暦寺から迫害を受けるなど場所は転々とし、現在地には天正19年(1591年)、豊臣秀吉の寄進により大坂天満から移転した。
天正19年(1591年)、豊臣秀吉により寺地の寄進を受け、大坂天満から現在の堀川六条に寺基を移転する。廟堂は江戸時代初頭、東山五条坂西大谷に移り現在の「大谷本廟」となっている。
慶長7年(1602年)、後陽成天皇の勅許を背景に徳川家康から、豊臣秀吉の命により本願寺の寺内で隠居所(御影堂と阿弥陀堂もあり)を設けて北方に隠居させられていた教如(11代顕如の長男)へ烏丸七条に寺領が寄進され本願寺が正式に西(本願寺派)と東(大谷派)に分立する。このとき幕府内では当時の門主准如(顕如の三男)が関ヶ原の戦いにおいて西軍に味方したことから准如に代わり教如を門主にするとの考えもあったが、真宗の力を削ぐのに有効との考えから結局分立させることになった。とは言うものの、元来教如は石山合戦以来の自らの派を有しており、宗派内部はすでに分裂の状態にあった。
分立当初は准如の「本願寺」は「本願寺」・「六条門跡」・「本門」・「にしもんぜき」などと呼ばれ、教如の「本願寺」は「信淨院本願寺」・「本願寺隠居」・「七条本願寺」・「信門・「ひがしもんぜき」などと呼ばれた。
昭和62年(1987年)までは、東西ともに「本願寺」が正式名称である。便宜上、堀川六条の本願寺の東側にある烏丸七条の本願寺を「東本願寺」と通称されたため、相対的に堀川六条の本願寺は「西本願寺」と通称されるようになる。

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本願寺(西本願寺)の基本情報

住所京都府京都市下京区門前町
行き方

JR・近鉄 京都駅より
京都駅 市バス『京都駅前』より9番,28番,75番(西賀茂車庫行など)に乗車、『西本願寺前』で下車。
阪急電車利用の場合
京都河原町駅 市バス『四条河原町』より207番に乗車、『島原口』で下車。
大宮駅 市バス『四条大宮』より18番,71番,206番,207番に乗車、『島原口』で下車。
京阪電車・七条駅より
七条駅 市バス『七条京阪前』より206番、208番に乗車、『七条堀川』で下車。

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名称本願寺(西本願寺)
読み方ほんがんじ(にしほんがんじ)
参拝時間

5:30 - 17:00

御朱印なし
電話番号075-371-5181
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.hongwanji.or.jp/
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詳細情報

ご本尊阿弥陀如来
山号龍谷山
宗旨・宗派浄土真宗本願寺派
ご由緒

文永7年(1272年)、親鸞の廟堂として京都東山の吉水の地に創建されたがその後比叡山延暦寺から迫害を受けるなど場所は転々とし、現在地には天正19年(1591年)、豊臣秀吉の寄進により大坂天満から移転した。
天正19年(1591年)、豊臣秀吉により寺地の寄進を受け、大坂天満から現在の堀川六条に寺基を移転する。廟堂は江戸時代初頭、東山五条坂西大谷に移り現在の「大谷本廟」となっている。
慶長7年(1602年)、後陽成天皇の勅許を背景に徳川家康から、豊臣秀吉の命により本願寺の寺内で隠居所(御影堂と阿弥陀堂もあり)を設けて北方に隠居させられていた教如(11代顕如の長男)へ烏丸七条に寺領が寄進され本願寺が正式に西(本願寺派)と東(大谷派)に分立する。このとき幕府内では当時の門主准如(顕如の三男)が関ヶ原の戦いにおいて西軍に味方したことから准如に代わり教如を門主にするとの考えもあったが、真宗の力を削ぐのに有効との考えから結局分立させることになった。とは言うものの、元来教如は石山合戦以来の自らの派を有しており、宗派内部はすでに分裂の状態にあった。
分立当初は准如の「本願寺」は「本願寺」・「六条門跡」・「本門」・「にしもんぜき」などと呼ばれ、教如の「本願寺」は「信淨院本願寺」・「本願寺隠居」・「七条本願寺」・「信門・「ひがしもんぜき」などと呼ばれた。
昭和62年(1987年)までは、東西ともに「本願寺」が正式名称である。便宜上、堀川六条の本願寺の東側にある烏丸七条の本願寺を「東本願寺」と通称されたため、相対的に堀川六条の本願寺は「西本願寺」と通称されるようになる。

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