かまくらぐう
鎌倉宮のお参りの記録一覧(4ページ目)
以前来た時は七五三の家族でいっぱいだった様な。。こちらも春らしい御朱印があったので、そちらをいただきました。御朱印をいただく時こちらではお鈴をふって下さいます。
21.03.10。鎌倉十三佛霊場巡拝の途上、報国寺より徒歩にて立ち寄り参拝。主祭神は後醍醐天皇の皇子、大塔宮(おおとうのみや)護良親王(もりながしんのう)。明治天皇は親王への追慕の念、真に篤く明治2年に勅旨を以て一社をご創建され御自ら社号を鎌倉宮と定められ、永く親王の御霊を祀られました。
〜鎌倉宮御由緒/パンフより〜
手水舎
↓
亀石
本殿
↓
摂社 村上社
↓
撫で身代わり村上義光。
身代わり絵馬。
盃割り舎内。
かわらけ、厄割石。
21.02.23 鎌倉「鎌倉宮(大塔宮)」 梅の開花が見頃の頃 _ 鎌倉市二階堂
01) 「鎌倉宮(大塔宮)」 一の鳥居 と 河津桜 _ 鎌倉市二階堂
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02) これでも梅の花を撮ったつもり
03) 二の鳥居周辺の梅
04) 手水舎周辺の白梅
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05-1) 拝殿
05-2) 少しでも花の色飛びを避けられるかナ?っと、
拝殿の屋根を背景にした紅梅のアザトイ(小聡明い)写真。
06) ’ 村上社 ’ 参拝
( 注意: 公式HPの配置図と異なり遷座されたらしい)
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21.02.23H #鎌倉 「 #鎌倉宮 ( #大塔宮)」 #梅 の開花が見頃の頃 _ #鎌倉市二階堂
https://mitch1.blog.ss-blog.jp/2021-02-28-3#more
/ #後醍醐天皇皇子護良親王 #護良親王 #太平記 #2021梅
鎌倉宮で護良親王の御朱印・如月詣の御朱印を頂きました。
各月星座が異なります。
また、摂社南方社の御朱印・摂社村上社御朱印を頂きました。
南方社と見開きになっています。
鎌倉宮で明治大帝の御朱印を頂きました。
鎌倉宮に明治天皇が護良親王への思いが強く鎌倉宮を創建されました。
鎌倉宮で神鹿の御朱印を頂きました。
鎌倉宮では御朱印帳を頂きました。
コロナ禍で御朱印は書き置きですが、頂くと浄書して頂けます。御朱印帳の護良親王の説明書です。
鎌倉宮の各種挟み紙を頂きました。
鎌倉宮のご祭神は護良親王です。鎌倉宮の摂社村上社です。
護良親王の家臣村上義光を祀っています。
#鎌倉宮
#鎌倉
#鎌倉市
#神奈川県
#御朱印
鎌倉宮の御朱印
護良親王の御朱印
如月詣の御朱印
村上社の御朱印
南方社の御朱印
明治大帝の御朱印
神鹿の御朱印
御朱印帳
由緒書
由緒書き
挟み紙
鳥居
鳥居と拝殿
拝殿
摂社村上社
鎌倉宮は、神奈川県鎌倉市二階堂にある神社。建武中興十五社の一社で、旧社格は官幣中社。現在は神社本庁の包括下に当初から入っていない単立神社。主祭神が後醍醐天皇皇子の護良親王(もりよししんのう)であるため、護良親王の通称大塔宮(おおとうのみや)から大塔宮(だいとうのみや)とも呼ばれる。
創建は明治初期の1869年、武家から天皇中心の社会への復帰を目的とした建武の中興に尽力した護良親王の功をたたえるため、明治天皇は護良親王を祀る神社の造営を命じ、みずから「鎌倉宮」と名付けた。1873年に明治天皇は鎌倉宮を行幸し、その後官幣中社に列格した。
護良親王は父である後醍醐天皇とともに鎌倉幕府を倒し建武中興を実現したが、その後足利尊氏と対立し捕えられ東光寺に幽閉され、1335年に足利尊氏の弟の命により殺害された。
当社は、JR鎌倉駅からバスで北東方向に2km進んだ大塔宮バス停(鎌倉宮前)近くにある。高台の平地に造られており、官幣中社といえども境内はさほど広くはない。
参拝時は週末の午前中で、御朱印本・雑誌をはじめとするメディアでも露出のある神社ということで、参拝者はそれなりに多く来ていた。
鳥居と社号標。鳥居は、白地にトップだけ朱色という珍しい配色。青空に映える。
神社全景。二の鳥居も紅白の配色。
まず一段上がったところの左側に<手水舎>。
二の鳥居と社殿は、もう一段上がったところにある。
拝殿正面。拝殿は壁や仕切りのない珍しい形式。(自分の経験では、出雲国(島根県)の美保神社でしか見たことがない。)
社殿全景。拝殿は後方の本殿を囲む透塀まで伸びている。関東に2社ある建武中興十五社のもう一社、小御門神社(千葉県成田市)の拝殿と本殿は完全に分かれているので、同じ明治天皇の命で建立された神社でもディテールには違いがあるみたい。
拝殿の右側にある、摂社<村上社>。
村上社は、護良親王の忠臣・村上彦四郎義光を祀る。村上義光は吉野落城に際し、自刃を覚悟した親王を諫め、親王の鎧直垂を着用し、身代わりとして腹を十文字に掻き切って壮絶な最期を遂げた人物。
写真右側は<撫で身代り様>像で、撫でることで厄除け、病気平癒の御利益があるとされる。ケヤキの大木を彫って作られていて、参拝者が撫で回すため全身が光沢を帯びている。
拝殿の左手には<拝観料受付所>。神社で拝観料は珍しい。
神社に来たら、拝殿と本殿とをぐるっと一周見て廻ることにしているが、当社で本殿を見るには拝観料が必要。当日は、これを知って気分が萎えてしまい、本殿を見るのを止めてしまった。有料エリアに重要な摂社<南方社>があることを考えると、入っても良かったかなと若干の後悔...涙
二の鳥居をくぐって一段下りて、左手にある<盃割り舎>。土器(からわけ)に息を吹きかけて盃に自分の「厄」を移し、「厄割り石」という大石に投げつけて割る。(写真左側で盃を購入し、右側の2つの大石に投げつける。投げているのを見ていると、ちょっと楽しそう。笑)
盃割り舎のそばにある門をくぐると<授与所>がある。御朱印はこちら。
白に朱色の鳥居⛩が特徴的な鎌倉宮です。
明治天皇は、御祭神護良親王(もりながしんのう)が建武中興に尽くされ、非業の最期を遂げられた護良親王に対して、遥かに想いを馳せられ、親王の御遺志を高く称え、永久に伝えることを強く望まれました。
親王終焉の地、東光寺跡に神社造営のご勅命を発せられて、御自ら宮号を「鎌倉宮」と名づけられました。
社号標
鳥居⛩
白に朱色はインパクトがあります
境内
手水舎
亀若丸
拝殿
境内社 村上社
身代わりさま
村上彦四郎義光公
自分の直したい所を撫でると、あらゆる悪いものを身代わりになってくださる神様です
20.11.26 鎌倉「鎌倉宮(大塔宮)」参拝 _ 鎌倉市二階堂
01) 「鎌倉宮(大塔宮)」 一の鳥居 _ 鎌倉市二階堂 8:32am頃~
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02) 車椅子用スロープ方向
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03-1) 参道から、左前方。
03-2) 参道から、左前方の近景。
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04-1) 参道から、右前方。
04-2) 参道から、右前方の近景。
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05) 手水舎 と 二の鳥居
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06-1) 何故か?拝殿の正面側を撮り忘れて、拝殿の側方から振り返って撮った。
06-2) 二の鳥居方向を振り返る
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07-1) ’ 村上社 ’
07-2) ’ 村上社 ’ 拝殿内( と、’ 撫で身代り ’ 像 )
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08-1) ” 撫で身代りの由来 ” 解説ボード
08-2) 境内の樹齢103年の欅(けやき)大木で彫られた、’ 撫で身代り ’ 像。
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09-1) 太平殿<参拝者休憩所>前から、社務所方向
09-2) 社務所前 から振り返る
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徒歩圏内に 宮内庁管理「護良親王墓所」があります。
( 史跡 ’ 理智光寺跡 ’ 石碑の向かい側です。
ホトカミ _ 理智光寺跡 https://hotokami.jp/area/kanagawa/Hkyty/Hkytytm/Dmspz/149307/ )
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20.11.26B #鎌倉 「 #鎌倉宮 ( #大塔宮 )」参拝 _ #鎌倉市二階堂
https://mitch1.blog.ss-blog.jp/2020-11-30
/ #後醍醐天皇皇子護良親王 #護良親王 #太平記 #2020紅葉 #紅葉
鶴岡八幡宮→荏柄天神と歩いて、最後に鎌倉宮です。
鎌倉駅からだと徒歩で30~40分かかるのではないでしょうか。
御朱印は基本のものと、村上社を頂いてきました。
帰りは途中からバスに乗って鎌倉駅まで。
鳥居
鳥居
手水舎 柄杓が置かれない代わりにアルコールが置いてありました。
そして可愛いけど、、、何コレ?
鬼?ししまい?
看板
本殿
摂社 村上社
村上彦四郎義光公の身代わり像
自分の悪い部分を撫でると身代わりになってくれるらしいです。
むち打ちで左首が痛いので撫でてきました。
厄割り石
厄割り石
息を吹き掛け、粉々にしてやりました!
御朱印所 7種類ほどの御朱印がありました。
雰囲気がとても良いです
◻️鎌倉駅からウォーキングで約30分の距離👣
◻️歩くの苦手な方は近くまでバスで行けます🚌
◻️御祭神は護良親王・父帝後醍醐天皇を助けて鎌倉幕府を倒し征夷大将軍・兵部卿に任ぜられたが、足利尊氏の陰謀にて幽閉され生涯を閉じました😢
◻️明治天皇が追慕の念にて鎌倉宮と定め創建⛩️
◻️祭神が戦場で木彫りの獅子頭を身につけ無事を祈願したことから獅子頭にちなんでいる😼
◻️身代わり様を撫でると具合の悪いところを治癒させるパワーが頂けるとの事。とても滑らかで心地よい触り心地でした💓
◻️四連休最終日✨鎌倉まで足を伸ばして9社参拝してきましたょ👣
◻️晴れたり☀土砂降りになったり☔中々な一日になり思い出に残りました😂
覚園寺から浄光明寺へ向かう途中、鎌倉宮に立ち寄りました。
2回目の参拝です。
ご祭神の護良親王の命日にあたる毎月20日に月次祭(つきなみさい)が行われている様でしたが、到着したのがちょうど終わった時間。
拝見できませんでした。巫女さんの舞、見たかったなー(´・ω・`)
鎌倉宮の御朱印です。
見開きで、左下の星座は毎月変わります。
3月はふたご座でした。
境内社の村上社、南方社の御朱印。
書き置きでの拝受です。
南方社は、護良親王が京都から鎌倉まで流された際、終始お供をされた女性「南御方(みなみのおんかた)」をお祀りしている社。
村上社は、護良親王の忠臣の一人として活躍された村上彦四郎義光(むらかみひこしろうよしてる)公をお祀りしている社。
御祭神は護良親王、本殿裏手には親王が9ヶ月間幽閉された土牢があります。
また護良親王に仕えた村上氏の身代わり木像があります。
以前神鹿として境内にいた 鹿の剥製が休憩所に今も参拝者を迎えています。
拝殿
拝殿
撫で身代わり 村上さま
白と朱色の鳥居
神鹿の剥製
ひなまつり
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