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22.12.06A 鎌倉「鎌倉宮(大塔宮)」 紅葉の終焉を見届ける・・・
・・・っと、負け惜しみのタイトル。 _ 鎌倉市二階堂

22.11.28に 材木座「長勝寺」を下見したけど、あと もう少しだった。
鎌倉寺社の紅葉は12月に入ってから、早いところで12/03頃だったナ・・・
・・・と思っていたら、
連日 断続的な夜間の強風雨で多くの場所での紅葉が散ってしまったらしい。
「鎌倉宮(大塔宮)」_ 鎌倉市二階堂
公式HP : https://www.kamakuraguu.jp/pages/3/
01-1) 二の鳥居方向遠景
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01-2) 二の鳥居方向近景
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神奈川県鎌倉市二階堂に鎮座する神社で、後醍醐天皇皇子の護良親王を主祭神とする。
建武中興十五社の一社で、神社本庁の包括下には当初より入っていない単立神社である。
護良親王の通称である「大塔宮」に因み、地元では大塔宮と呼ばれることもある。
明治2年(1869)2月、武家から天皇中心の社会へ復帰させることを目的とした建武中興に尽力した親王の功を賛え、明治天皇は護良親王を祀る神社の造営を命じて自ら宮号を「鎌倉宮」と名づけ、7月15日に鎌倉宮の社号が下賜され、7月に東光寺跡の現在地に社殿が造営された。
明治6年(1873)4月16日に明治天皇は鎌倉宮に行幸し、同年6月9日に鎌倉宮は官幣中社に列格した。



【祭神】
護良親王
持明院 南御方
村上彦四郎義光
鎌倉宮の御祭神である大塔宮・護良親王は、幼少より英明・勇猛な御方でした。
比叡山延暦寺の天台座主となられた親王は、父帝・後醍醐天皇が目指された理想の為に御自ら奮闘・活躍され、遂に鎌倉幕府打倒を果たされて平和な世を実現、征夷大将軍・兵部卿に任ぜられました。
しかし、足利尊氏の陰謀によって鎌倉二階堂に幽閉の御身となり、建武2年(1335)旧暦7月23日、御年28歳にて苦闘のご生涯を閉じらたのです。
明治天皇は、親王への追慕の念が真に篤く、明治2年(1869)勅旨を以て一社をご創建され御自ら社号を鎌倉宮と定められ、永く親王の御霊を祀られました。
そして同6年(1873)には明治天皇の行幸を仰ぎ、官幣中社に列格されたのです。(ホームページより)

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