じょうみょうじ|臨済宗建長寺派|稲荷山(稲荷山浄妙広利禅寺)
浄妙寺
神奈川県 鎌倉駅
午前9時~午後4時30分
鎌倉五山第五位。
臨済宗建長寺派浄妙寺。
鎌倉五山という期待が大き過ぎたのか、仏像と建造物が主な興味の私にはあまり見所がありませんでした。あくまで個人的な感想ですが、ネガティブなコメントですみません。
聖観世音
山門
本堂
茶室前の庭園
浄妙寺は、神奈川県鎌倉市浄明寺にある臨済宗建長寺派の寺院。正式名称は稲荷山(とうかざん)浄妙広利禅寺。本尊は釈迦如来。鎌倉五山の第五位。鎌倉三十三観音9番札所。鎌倉十三仏2番札所。
鎌倉時代前夜の1188年、源頼朝の重臣・足利義兼が父義康の菩提寺として創建。開山は退耕行勇(源頼朝や北条政子も帰依した高僧)。真言宗の寺院で極楽寺と称した。その後の住持・月峯了然が禅宗に改め、中興開基の足利貞氏が逝去後、子の足利尊氏が父貞氏の法名にちなみ浄妙寺と改称した。室町時代には隆盛を誇り、二十三の塔頭を持つ大寺院で、鎌倉五山の第五位とされた。その後は衰退し、現在は江戸中期に再建された大きな本堂と総門、客殿、庫裏、足利貞氏の墓とされる宝篋印塔が残っている。
境内は庭園の植物が美しく、梅、椿、牡丹、サルスベリ、銀杏、紅葉の名所となっており、国指定の史跡にもなっている。1991年に茶室・喜泉庵と枯山水の庭園が復元された。なお、本堂奥にある鎌足稲荷神社は、鎌倉の地名の由来になったとされる。
当寺は鶴岡八幡宮の東方、金沢街道(県道204号線)沿いにある。バスだと鎌倉駅から10分ほど、浄明寺バス停下車数分。
参拝時は週末の午前中で、他に参拝者はぱらぱらと来ていた。
※鎌倉強化合宿1日目、杉本寺(1番札所)、光触寺(7番札所)、明王院(8番札所)に続く4寺院目。
総門。入って左側に料金所がある。
料金所から見た境内。本堂まで一直線の参道が伸びている。
参道の両サイドの木々は、季節柄、梅以外は咲いておらず少し寂しい。春夏秋はもっと違う風景になるのであろう。
銅板葺寄棟造。平面は方丈形式の六間取りの堂々たる姿。江戸中期の再建だが、仏壇周りなど一部室町時代の部材が使用されているとのこと。ブルーイッシュグリーンの屋根と木材の焦げ茶、白壁のコントラストが美しい。
お堂正面。手前は鎌倉三十三観音霊場・9番の詠み歌の額。奥には<方丈>の扁額。
本堂から振り返った眺め。
本堂の左手にある<茶室・喜泉庵>。手前が枯山水の庭園。
喜泉庵では、お茶と茶菓子をいただける。
境内の白梅。咲き具合は2分かな。
21.12.15。先の杉本寺さんより徒歩5分。鎌倉市浄明寺3丁目にある臨済宗建長寺派の寺院。
【鎌倉五山第五位】
《鎌倉三十三観音霊場第九番札所》
《鎌倉十三佛霊場第ニ番札所》
山号:稲荷山
創建:文治4年(1188年)
開山:退耕行勇
開基:足利義兼
本尊:釈迦如来
源頼朝の忠臣で豪勇の士であった足利義兼が創建し、初め極楽寺と称した。当初は密教系の寺院であったが、建長寺開山蘭溪道隆の弟子月峯了然が住職となってから禅刹に改め、ついで寺名も浄妙寺と称した。寺名を改称したのは正嘉年間(1257〜59)とみられる。
〜当寺リーフレットより抜粋〜
本年3月に「鎌倉十三佛霊場巡り」で参詣して以来2回目。今回は「古都・鎌倉紅葉巡り」第四弾、「鎌倉三十三観音霊場巡り」その11として参詣。スッキリした本堂、枯山水の庭、茶室、奥手のガーデンテラスレストラン等、心地よいお寺さんです。
鎌倉三十三観音霊場第九番札所
山門遠景
寺号標
山門
参道
枯山水の庭
↓
本堂
境内の紅葉
→奥に喜泉庵(茶室)
喜泉庵前の庭
寺院奥の紅葉
↓
足利直義公墓所
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