すぎもとでら|天台宗|大蔵山
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楽しみ方杉本寺のお参りの記録一覧
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2月5日の巳の日、仕事前に鎌倉二階堂の杉本寺を参拝し、御本尊と大蔵弁財天の御朱印をいただきました。朝早かったせいか、参拝者も居らずゆっくりとお参りさせてもらいました。
前立本尊の運慶作十一面観音像(源頼朝寄贈)、行基菩薩、慈覚大師、恵心僧都作の十一面観音像も時間の許す限り御顔を拝見しました。行基菩薩作の十一面観音像は覆面していなかったですね。覆面も大覚禅師(建長寺開基蘭渓道隆)の袈裟でしたから。
運慶仏と言えば、葉山の浄楽寺を連想しますが、杉本寺にも前立本尊、観音三十三身、地蔵菩薩と運慶仏がありそれが間近で拝見できるのは有り難いことです🙏
ここは、鎌倉三十三観音及び鎌倉二十四地蔵の札所でもありますが、現在寿福寺が御朱印をしていないことから結願することができないのが残念です。


神奈川県 鎌倉市 二階堂に境内を構える、杉本寺(すぎもとでら)苔が素晴らしく映える鎌倉最古の寺院、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024に坂東三十三観音霊場、鎌倉三十三観音霊場 等で何度か参拝致しました、寺院対応は観光でも参拝者が多く慣れている割に、親切丁寧で有り難い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 大蔵山、寺号は 杉本寺、宗旨 宗派は 天台宗、ご本尊は 十一面観世音菩薩、杉本観音 日本百観音 の一つ、坂東三十三観音霊場、鎌倉三十三ヶ所霊場 第一番札所、発願寺、鎌倉二十四地蔵尊霊場 第四番 六番札所、731年(天平3年)東国の旅をしていた行基(ぎょうき)が、ここが観音様を祀る場所にふさわしいと考え、自ら彫った十一面観音を安置したことから始まり、734年(天平6年)、光明皇后が観音菩薩のお告げにより東国の治安の安定を願い、右大臣藤原房前と行基に本堂を建立させたと伝わる、
仁寿元年(851年)に円仁(慈覚大師)が参詣し十一面観音菩薩を自ら刻み安置し、寛和2年(986年)花山法皇の命により源信(恵心僧都)が十一面観音菩薩を自ら刻み安置し、その後花山法皇が巡礼したと伝わる、
寺伝によると文治5年(1189年)堂宇が焼失しているが、このとき本尊の観音像三体が自ら本堂を出て、境内の大杉の下に避難したとことから杉の本の観音と呼ばれるようになったと伝わる、『吾妻鏡』によれば、中世には大倉観音堂と呼ばれ、文治5年(1189年)の火災時には別当浄台房が炎の中から本尊を持ち出し無事であったされる。同書には建久2年(1191年)源頼朝が当寺を参拝し、修理料を寄進したとあり、その時に、御前立の十一面観音菩薩像を寄進したとされる。
背後にはかつて杉本城があり、足利方の武将で鎌倉府執事を務めた斯波家長(?-1337年)が拠ったが、南朝方の北畠顕家に攻められ、この寺で自害している

24.08.10A 鎌倉「杉本寺」 ” 四万六千日大功徳日 ” 参拝

2000年<平成12>から 今回2024年で連続25年目。
これまでは未明の4:15am頃に家を出ていたが 今年は寝坊して4:50am頃に出発と出遅れたので、
最初の参拝先では周囲が明るくなり始めていたので光量不足のピンボケヘボ写真ながらも
今年は ’ 真っ黒クロスケ写真 ’ ? は免れた。
01) 鎌倉最古の寺院、天平年間 行基縁の天台宗「大蔵山 杉本寺」_ 鎌倉市二階堂
” 四万六千日大功徳日 ” 参拝 < 鎌倉の四寺を未明から早朝巡礼 > 5:04am頃~
HP: http://sugimotodera.com/index.html
三体の十一面観音様をご本尊とし、鎌倉・坂東三十三観音霊場 第一番札所。
(cf. 徒歩圏内で 二番は行基縁の逗子「岩殿寺」、三番は鎌倉「安養院」、四番は鎌倉「長谷寺」)
鎌倉二十四地蔵尊 第四番 身代地蔵尊・第六番 尼将軍地蔵尊
の他多くの仏様をお祀りしています
01) 鎌倉最古の寺院、天台宗「大蔵山 杉本寺」 鎌倉市二階堂 5:04am頃~
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02-1)茅葺きの ’ 仁王門 ’ 今年は出遅れてしまったので、
すっかり明るくなっや仁王門の正面全景を撮ることができた。
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令和6年(2024年)5月3日(金)
神奈川県鎌倉市浄妙寺の杉本寺に参拝
鎌倉の東部を散歩
金沢街道を少し歩くと右手に杉本寺の入り口が見えてくる。坂東三十三ヵ所霊場の第一番札所。
この寺は、これまた趣が異なる。仁王門も、奥の方にある本堂も茅葺き。こういう茅葺きのお寺って、意外に少ないのではなかろうか。鎌倉で最古の寺とされていて、なんと奈良時代の光明皇后の命で建てられたとのこと。まあ、こういう寺の言い伝えというのはいろいろあるとは思うが。
拝観料300円を納めて仁王門をくぐる。千社札がびしっと貼られているのだが、これって、どうやって貼っているのだろうか?最近は文化財破壊になるのでやめてくれ、という話になるところだけれど。特に、最近ではかなり接着力の強い接着剤ができていて、剥がすのができなくなっているとも聞くけれど、既に貼られているものは古いものなのだろうか。
仁王門の先の石段は苔むしていて、ここは通行できない。苔を保存するためなのか、歩くと滑って危ないためなのか。
左の方に歩ける石段があり、そちらで上ると本堂に出る。本堂内は写真撮影禁止とのことだが、外から撮影するのは大丈夫とのこと。
本堂に上がると十一面観音立像などの仏像が所狭しと並べられている。一番奥に進むとさらに奥の方に御本尊が安置されているのだが、ちょっと遠くてよく見えない。
御朱印は本堂内でいただくのだが二種類あり、坂東三十三ヵ所霊場と鎌倉三十三ヶ所霊場で、書く文字は一緒で押すはんこが異なるだけとのこと。坂東三十三ヵ所ってどこだっけ?と見ると、鎌倉の長谷寺、東京・浅草の浅草寺、千葉の千葉寺にはお参りしたことがあるけれど、それ以外はまだ。生きている内に結願することはありそうにないけど、せっかくなので坂東の方をいただきましょう。
上ってきた石段を降りようとしたらまだ上に上れる場所があるようなので上ってみる。なんとかと煙は高いところが好き。少し見晴らしの良いところが有っただけだった。
神奈川県のおすすめ2選💠

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