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やさかおおかみ

八坂大神

神奈川県 鎌倉駅

いつでも参拝できます

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046-822-0208(ただし、管理元神社「諏訪神社」横須賀市若松町3-17 の電話番号)

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

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mitch
2023年01月13日(金)
2075投稿

23.01.03H 鎌倉「八坂大神」参拝 _ 鎌倉市扇ガ谷

八坂大神の鳥居

_ このページの写真は全て過去ページの何れかと重複する、私的な参拝年月日記録です。

宝物庫の独特の ’ 六角神輿 ’ は、
宗社たる京都八坂神社の神輿を伝承したものとされる。
01) 「八坂大神(やさかおおかみ)」 社頭 _ 鎌倉市扇ガ谷
.
------

八坂大神の景色

02) 悲し!
迫る民家に気兼ねなしに高く枝を広げられる
  市内稀有な大木と思っていたが・・・
         ・・・二本とも上方が切除されていた。
.
---

八坂大神の本殿

03-1) 社殿遠景
.

八坂大神の本殿

03-2) 社殿
祭神: 素戔嗚尊(スサノオノミコト
   /速須佐之男命、須佐之男命、素戔嗚尊等、須佐乃袁尊、神須佐能袁命)、
    桓武天皇、
    葛原親王(かつらはらしんのう)、
    高望王(平高望/たいらのたかもち:高望王流桓武平氏の祖)
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八坂大神の末社

04) 末社
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23.01.03H #鎌倉 「 #八坂大神 」参拝 _ #鎌倉市扇ガ谷 
https://mitch1.blog.ss-blog.jp/2023-01-07-2#more

/ #六角神輿 #桓武平氏 #平高望 #相馬師常

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歴史

八坂大神は、「相馬天王」と称された扇ヶ谷の鎮守。
相馬次郎師常が自邸(巽荒神脇)の守り神として勧請したのが始まりとされる。
のちに浄光明寺の裏山(網引地蔵の西)に遷され、
さらに壽福寺の本堂脇を経て現在の地に遷された。
明治の神仏分離により八坂大神に改称。
観光客に人気の銭洗弁財天宇賀福神社は、
1970年(昭和45年)まで八坂大神の末社だった。
八坂大神の例祭は7月12日
.
< 境内の解説ボードから引用 >
建久3年相馬次郎師常、己が邸内に守護神として勧請して崇敬したのに始まる。
その後現在の地に奉遷する。
世に相馬天王と称するのはこの故である。
神幸式は5日12日の両日に行われていたが、今では12日のみとなった。
中世御神幸の神輿荒ぶるを以て師常館の岩窟に納め新たに調進したと傳へられる。
独特の六角神輿は宗社である京都祇園八坂神社の形を伝承したものである。
享和元年、慶應元年に社殿の改築が行われた。明治6年村社に列格される。
.
< 神奈川県神社庁Webサイトからの引用:
 https://www.kanagawa-jinja.or.jp/search_dtl.php4?jid=422&cd=1205035 >
建久3(1192)年相馬次郎師常が自邸(巽神社の脇)の守護神として勧請したが、
後に網引地蔵の西の山麓に遷され、更に寿福寺本堂の脇を経て現在地に奉還された。
世俗に「相馬天王」と称され、爾来、扇が谷の鎮守として崇敬される。
享和元(1801)年及び慶応元(1865)年に改築があり、
明治2年神仏分離に際して「八坂大神」と改称、同6年村社に列格した。
中世、御神幸の神輿荒ぶるを以て師常館の岩窟に納め、
別に神輿を調進したと伝えられる。
独特の六角神輿は宗社たる京都八坂神社のそれを伝承したものである。

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八坂大神の基本情報

住所神奈川県鎌倉市扇ガ谷1-13-45
行き方

JR横須賀線または江ノ島電鉄線「鎌倉駅」西口より、今小路を進み「寿福寺」手前までの徒歩約10分。

アクセスを詳しく見る
名称八坂大神
読み方やさかおおかみ
通称相馬天王
参拝時間

いつでも参拝できます

参拝にかかる時間

10分

参拝料

なし

トイレなし(ただし、今小路沿いで ほぼ隣に公衆トイレがあります。)
電話番号046-822-0208(ただし、管理元神社「諏訪神社」横須賀市若松町3-17 の電話番号)
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご祭神素戔嗚尊 ( すさのおのみこと )
/桓武天皇 ( かんむてんのう )
/葛原親王 ( くずはらしんのう )
/高望王 ( たかもちおう )
創建時代建久3年(1192)
ご由緒

八坂大神は、「相馬天王」と称された扇ヶ谷の鎮守。
相馬次郎師常が自邸(巽荒神脇)の守り神として勧請したのが始まりとされる。
のちに浄光明寺の裏山(網引地蔵の西)に遷され、
さらに壽福寺の本堂脇を経て現在の地に遷された。
明治の神仏分離により八坂大神に改称。
観光客に人気の銭洗弁財天宇賀福神社は、
1970年(昭和45年)まで八坂大神の末社だった。
八坂大神の例祭は7月12日
.
< 境内の解説ボードから引用 >
建久3年相馬次郎師常、己が邸内に守護神として勧請して崇敬したのに始まる。
その後現在の地に奉遷する。
世に相馬天王と称するのはこの故である。
神幸式は5日12日の両日に行われていたが、今では12日のみとなった。
中世御神幸の神輿荒ぶるを以て師常館の岩窟に納め新たに調進したと傳へられる。
独特の六角神輿は宗社である京都祇園八坂神社の形を伝承したものである。
享和元年、慶應元年に社殿の改築が行われた。明治6年村社に列格される。
.
< 神奈川県神社庁Webサイトからの引用:
 https://www.kanagawa-jinja.or.jp/search_dtl.php4?jid=422&cd=1205035 >
建久3(1192)年相馬次郎師常が自邸(巽神社の脇)の守護神として勧請したが、
後に網引地蔵の西の山麓に遷され、更に寿福寺本堂の脇を経て現在地に奉還された。
世俗に「相馬天王」と称され、爾来、扇が谷の鎮守として崇敬される。
享和元(1801)年及び慶応元(1865)年に改築があり、
明治2年神仏分離に際して「八坂大神」と改称、同6年村社に列格した。
中世、御神幸の神輿荒ぶるを以て師常館の岩窟に納め、
別に神輿を調進したと伝えられる。
独特の六角神輿は宗社たる京都八坂神社のそれを伝承したものである。

体験重要文化財

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