らいこうじ|時宗|随我山
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楽しみ方来迎寺(材木座)のお参りの記録一覧
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構える、随我山 来迎寺(らいこうじ)当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます 、2024 に鎌倉三十三ヶ所鎌倉霊場巡礼にて参拝致しました、小さめの寺院でしたが綺麗に手入れされ参拝して気持ちの良い寺院でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 隨我山、寺号は 來迎寺、宗旨 宗派は 時宗、ご本尊は 阿弥陀三尊 (阿弥陀如来、聖観世音菩薩、勢至菩薩)
鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第十四番札所(聖観世音菩薩)
1194年(建久5年)源頼朝の開基である。衣笠城合戦で戦死した三浦義明の菩提を弔うために寺を創建した。当初は真言宗の寺院で「能蔵寺」と称していた。1335年(建武2年)音阿によって時宗に転宗し「来迎寺」に改称した、三浦一族は、1180年(治承4年)の頼朝の挙兵の際(石橋山の戦い)に出陣するも間に合わず、その帰路、由比ヶ浜で当時平氏方だった畠山重忠軍と戦い、義明の孫多々良重春が討死。その後、衣笠城が攻められ、義明は籠城の末、討死している(89歳)。
「百六つ義明公」という伝説が残されているが、頼朝が「17回忌まで生きたものとみなす」よう伝えたためなのだとか・・・。
本堂横には義明の五輪塔が、本堂裏には三浦一族の墓がある。
本尊 阿弥陀三尊は運慶作と伝えられ、義明の守り本尊だったといわれる。
当寺には、2基1組の五輪塔が安置されている。これは三浦義明と多々良重春の墓と伝えられている。多々良重春は石橋山の戦いに敗れて戦死した武将である。

23.05.18。先の向福寺さんより徒歩4分。鎌倉市材木座2丁目の閑静な住宅地にある時宗の寺院。
山号 随我山
創建 建久5年(1194年)
開基 源頼朝
開山 音阿上人
本尊 阿弥陀如来
札所 鎌倉三十三観音霊場
第十四番
1194年、源頼朝が鎌倉幕府の礎石となった三浦大介義明の霊を弔うため、真言宗能蔵寺を建立したのが始まり。当時、能蔵寺の名前は、この付近の地名として使われていた。頼朝亡き後、音阿上人が時宗に改宗し、来迎寺に改名した。
三浦大介義明の武功を讃える境内には義明の木造と五輪墓があり、本堂裏手には三浦一族の墓、100基あまりの五輪塔が並んでいます。
~当寺HPより~
こちらも鎌倉33観音巡礼として参詣。昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を思い出される感のある場所です。
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22.03.16 鎌倉「来迎寺」ミモザの花が咲く頃 _ 鎌倉市材木座

01-1) 時宗「 随我山能蔵院来迎寺(ずいがざんのうぞういんらいこうじ)」
寺号標 ” 子育観音 鎌倉十四番 時宗 来迎寺 ”
石柱 ” 三浦大介義明公之墓 ”
_ 第14番札所 聖観音
1194年(建久5年)、源頼朝の開基。
衣笠城合戦で戦死した三浦義明の菩提を弔うため、
当初は真言宗の寺院で ’ 能蔵寺(のうぞうじ) ’ として創建。
頼朝の死後、音阿 が時宗に改宗し ’ 隋我山来迎寺 ’ と改めた。
近代に、創建時の名前を院号に残し「隋我山能蔵院来迎寺」とし
創建から八百年余りの歴史がある。 _ 鎌倉市材木座
公式HP: https://raikouji.com/index.html
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(鎌倉市西御門「来迎寺」とは別の寺。
ホトカミページ:https://hotokami.jp/area/kanagawa/Hkyty/Hkytytm/Dmspz/148438/
Webサイト上で、例えば両者の本尊や霊場札所の混同誤記が散見する。)
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01-2)写真01-1)背後の梅と早咲種の桜のうち、梅の開花をズームアップ。
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21.10.18。先の向福寺さんより徒歩3分。
鎌倉市材木座2丁目にある時宗の寺院。
山号 随我山
創建 建久5年(1194年)
開基 源頼朝
開山 音阿上人
本尊 阿弥陀如来
札所 鎌倉三十三観音霊場
第十四番
1194年、源頼朝が鎌倉幕府の礎石となった三浦大介義明の霊を弔うため、真言宗能蔵寺を建立したのが始まり。当時、能蔵寺の名前は、この付近の地名として使われていた。頼朝が亡くなった後、音阿上人が時宗に改宗し、来迎寺に改名した。(後略)〜当寺HPより〜
付近には実相寺・五所神社がある閑静な住宅街にこじんまりと佇むお寺さんです。最近は鎌倉三十三観音霊場の札所として、訪れる参詣者も多くあるようです。札所の御朱印は庫裡玄関前の小箱に置かれていて300円を入れて頂く方式。自分は直書きで拝受したのですが、何故か日付が11日でした(参拝日18日)。😭
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21.03.19 鎌倉「来迎寺」 ミモザが満開の頃 _ 鎌倉市材木座

01-1) 時宗「 随我山能蔵院来迎寺」_ 鎌倉市材木座
三浦氏菩提寺 / 鎌倉三十三観音霊場 第十四番札所
先代のミモザ大木が台風で倒れて以来、
当代のミモザが こんなにも背が高くなっていることに気づかなかった。
来年以降もまたミモザを楽しみに、三浦氏と三浦義明家臣の供養塔を参拝しよう。
(鎌倉市西御門「来迎寺」とは別の寺)

01-2) これまで私がいイメージしてきた ’ ミモザの寺 ’ が復活
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20.04.03 鎌倉、材木座「来迎寺」武将の墓所と家来の供養塔群を参拝
鎌倉三十三観音霊場 第十四番札所 _ 鎌倉市材木座
2020年現在、世界規模危機の一日でも早い脱出と危機の収束を真摯に祈願いたしました。

時宗「随我山来迎寺」 三浦氏菩提寺
鎌倉三十三観音霊場 第十四番札所 _ 鎌倉市材木座
2020年現在、世界規模危機の一日でも早い脱出と危機の収束を真摯に祈願いたしました。
公式HP: http://raikouji.com
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本堂

来迎寺(らいこうじ)は、鎌倉市材木座にある時宗の寺院。山号は随我山。本尊は阿弥陀如来。鎌倉三十三観音14番札所。札所本尊は子育観世音。
鎌倉初期の1194年に源頼朝が、頼朝のために戦死した三浦荘の豪族・三浦大介義明の霊を弔うために、三浦大介の念持仏・阿弥陀如来と観世音菩薩を奉安して真言宗能蔵寺を創建した。その後三浦一族の庇護により栄えたが、一遍上人の影響で音阿上人が中興開山となって時宗に改め、寺名も来迎寺と称した。当時より堂宇は現在地裏の山頂にあったが、見晴しが良い代わりに空上から目立つため、太平洋戦争中に軍に指示により取り壊された。
当寺は、鎌倉駅の南南東1kmほどの場所にあり、南北に走る小町大路から東に数百m入った静かな住宅街にある。境内はそこそこ広いがほとんどが墓地なので、参拝者が見て廻れるエリアは広くない。
参拝時は週末の午前中で、鎌倉観音巡りをしていると思しき人が数人いた。
※鎌倉強化合宿2日目午前中、延命寺(鎌倉11番)、教恩寺(鎌倉12番)、別願寺(鎌倉13番)、安養院(鎌倉3番)、八雲神社に続く6寺社目。
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