ひらつかはちまんぐう
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楽しみ方平塚八幡宮のお参りの記録一覧
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今日は平塚方面へ⛩️
藤沢、平塚の方はうとかった!
まだ近場にありますね!!✨
という事で、今日は平塚八幡宮⛩️から!
駅から歩いて行くと、周りとは明らかに違った雰囲気の緑に囲まれた場所が✨✨
はいそこです!
お〜!!とってもステキな空気感がまってました〜✨✨✨
しかも電話をしながらの参拝開始です〜✨
なんてハッピー😍✨
大鳥居を抜けると、急に涼しくなりました😊
これが神社の空気感ですね〜✨
まずは、御本殿を前に、いつものお願い事をします!
好きな人が、ずーっと元気でいてくれますように!!
よろしくお願いします〜!!
電話口に聞こえないように、静かにお願いしま〜す!!(-人-)。。。
探検する前に、御朱印をいただきます!
探検後にいただく予定にすると、熱中して、もらい忘れそうになるので!!
安全策でそうなります!!
キレイなステキな御朱印です〜✨
ありがとうございます!
たくさん摂社があるんですね〜⛩️
と巡っていると、、、神馬🐴さんがいます〜✨
かわいいです〜✨
お世話されてる方が、ニンジンくれました〜。
棒の先につけて向けると、すぐ食べてくれました🥕〜🐴
その後、お散歩してましたが、砂利に寝そべって、体スリスリしてました!可愛いです〜✨
実況中継しながらの、こちらの参拝は終了〜。
さて次は!平塚三嶋神社へ〜⛩️
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平塚八幡宮は、神奈川県平塚市にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。毎年5月5日に往古神領であった神揃山(神集山;大磯町国府本郷)で行われる国府祭(こうのまち)に参加する相模五社(※)の一社だが、式内社ではなく、一国一社八幡宮で、「鎮地大神」と称される。古くは「鶴峯山八幡宮」と呼ばれた。
社伝によると、仁徳天皇時代の380年、当地に大地震・津波が発生し、これを憂いた仁徳天皇の勅願により、父である応神天皇を御祭神として創建された。推古天皇の時代に再び大地震が発生し、推古天皇は「鎮地大神」という宸筆を捧げ祈念し、結果国土は平穏に戻り、社殿を造営した。聖武天皇は社殿と楼閣を造営し、一国一社八幡宮として法華経を納めた。
鎌倉期には、源頼朝が北条政子の安産祈願で神馬を奉納した。
戦国時代になり、武田信玄と北条氏康の戦の際、武田信玄が当社を軍陣としたため、社殿や古書はすべて焼失した。1591年に徳川家康が朱印地を寄進、その後伊奈備前守忠次に命じて戦火で荒廃した社殿再建を命じた。明治期に「八幡神社」と改称、1978年に「平塚八幡宮」と改称した。
当社は、JR東海道線・平塚駅の北0.7kmの国道1号線沿い(北側)にある。東京から車だと、圏央道・寒川南ICから相模川を渡りおよそ5km。繁華街に近い立地だが、境内はそれなりに広く、見どころが多くちりばめられているため、楽しく見て廻ることができる。特に「開運七社詣」という、境内社巡りのスタンプラリーは人気で、多くの参拝者が楽しんでいた。
参拝時は週末の午後、家族連れを中心にたくさんの参拝客が来ていた。
※相模国一宮(寒川神社)、二宮(川勾神社)、三宮(比々多神社)、四宮(前鳥神社)に、五宮格で一国一社八幡宮(平塚八幡宮)を加えた五社。これに相模国総社(六所神社@大磯町)を加えた参拝巡りを<相模国六社巡り>という。
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夜遊びお兄さんの近場放浪記 in 平塚八幡宮^^
仕事の帰り道、いつもの道が事故渋滞だったので あ~~あ^^; とふらふら放浪しながら帰る途中 どうせなら!ということで夜の平塚八幡宮境内ライトアップバージョンに参拝してきました^^ 事前にライトアップの情報は入手していたので,いざLet's ら go~^^ お~~~これは見事な点灯境内^^ 当然の如く殆ど人も居ずゆっくり目の保養がてら楽しんできました^^ 提灯明かりに映し出された社殿や鳥居、池辺の社 実に趣あっていい感じでした^^ あ^^;やばいちょっと長居しすぎたか~^^; コロナ自粛モードでお店が閉まってまう^^; どっかで夕食調達せんと^^; ということでもうちょっと居たかったけど、後ろ髪引かれながら退散したのでした^^;








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