ひらつかはちまんぐう
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楽しみ方平塚八幡宮のお参りの記録一覧
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23.05.05。JR平塚駅北口より徒歩8分。平塚市浅間町1番6号の国道1号線沿いに鎮座。
《相模一國一社》
《湘南ひらつか七福神・弁財天》
本日は、4年振りに神輿渡御も行われた「相模國府祭」(さがみこうのまち)の見物を兼ねての参詣。
奈良・平安時代、都から相模国に派遣された国司は、相模国六社に参詣して、平和と繁栄を祈った。
毎年5月5日の相模國府祭では、「神対面の儀」(しんたいめんのぎ)が行われ、相模國六社の神々が年に一度の対面をし、一之宮より各神社の御分霊が総社(※)に納められ、天下泰平・五穀豊穣が祈られる。
※六所神社(大磯町鎮座)
かつて、新たに赴任した国司は、まず、その国の有力寺社を巡拝していた。しかし、それには多くの日数と費用、人員を要したことから、巡拝する神社の御分霊を国府近くの神社に合わせて祀る習わしが起こった。それが総社の始まり。国司は総社に神拝するようになったのだという。総社に御分霊を納めるために始まったのが「国府祭」と言われている。
〜Webサイト「鎌倉手帳」より〜
17時に神社参拝。18時に大磯町の斎場より神輿が市内紅谷町の「まちかど広場」に戻り、御旅所祭を斎行。その後、湘南スターモール(旧1号線)☞大門通り☞八幡宮への宮入り迄約1時間の神輿渡御を追っかけ見物。神輿好きなので久しぶりに見れてテンション上がりました。
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23.01.20。JR平塚駅北口より徒歩8分。平塚市浅間町の国道1号線沿いに鎮座。
御祭神 應神天皇・神功皇后
武内宿禰
創建年 仁徳天皇68年(380)
社格等 旧県社
神社本庁の別表神社
例祭日 8月15日
札所等 湘南ひらつか七福神
弁財天
【御由緒】~当宮HPより抜粋~
仁徳天皇の御代68年、この地に大きな地震があり、人々の苦しむ様をみかねた仁徳天皇(第16代)が社を建てられたことが創祀とされています。その後も相模國一國一社の八幡宮として、歴代の天皇や源頼朝公をはじめとする武士からも崇敬を集めます。特に御朱印に揮毫する「鎮地大神」は、推古天皇(第33代)より賜った御宸筆から戴いております。
戦国時代になると兵火に遭い、御社殿をはじめ社宝、社伝記はことごく灰塵に帰してしまいました。そのような中、徳川家康公は江戸に入府すると、荒廃していた当宮の御社殿を復興させました。江戸時代、当宮は東西に東海道が通り、集積港であった須賀への道、そして厚木、大山への道が交わる交通の要衝となり、門前は栄え、門前町の大門通りは平塚商業発祥の地と言われています。
大正12年の関東大震災では社殿は倒壊、現在の社殿は昭和3年に竣工。戦後は平塚市七夕まつりをはじめ、町の平和と発展とともに神社は平塚の人々や街と関わりのある人々に篤く崇敬されております。
毎年、松の内には初詣で来ていますが、今年は遅くなりました。当宮の裏手にある市役所に所用があったので北参道(裏参道)からのお参りです。一般の参拝者は少なかったですが、近隣市からの小学生の遠足と遭遇。賑やかな声が聞こえる境内であり、こちらも元気を貰えました。
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