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楽しみ方松原神社のお参りの記録一覧

箱根巡りの続きになります。箱根から小田原に移動して、まずは小田原駅東口にある北条氏政・氏照の墓所にお参りし、その後向かったのは小田原総鎮守 松原神社。
久安年間の創建と伝えがありますが、詳細は不明。後醍醐天皇の頃には当所に真鶴が棲んだため「鶴の森明神」と称し、天文年中には山王原村海中より金佛の十一面観音が松原に出現し、託宣により当社に祀ったことから神号を「松原大明神」と称したといいます。
その後北条氏が小田原を治めるに至り、社領寄進するなど代々崇敬されたといいます。2代氏綱、3代氏康は何か大事があると当社に祈願に来ていたそうです。小田原城主が稲葉氏、大久保氏と変わっても崇敬の念は変わらなかったといいます。
お参りして気になったのが、拝殿に奉納された『算額』という数学の絵馬です。
和算の館という算額のサイトによると、江戸時代に始まった風習で、算額とは、数学の問題が解けたことを神仏に感謝し、益々勉学に励むことを祈願して奉納された絵馬なんだそう。この算額奉納の習慣は日本独自の文化とも。
全国に820面の算額が現存しているそうで、松原神社には3面あるのですが1つ見落としました😭
最初この図を見て、太陽や月などの天文学や暦に関する何かか、もしくは社殿の設計図的な事が書かれているのかな?と思って写真を撮ったのですが、まさか数学の問題が書いてあるなんて思いもしなかった😂
こういう風習があるなんて知らなかったのでまた一つ勉強になりました💡






手水舎


拝殿


明治41年に素戔嗚尊と宇迦之御魂神が合祀されて現在の三柱のご祭神となっているそうです。

『算額』
外円の径を求める問題とその答えが書いてあります。

『算額』
こちらは地斜の辺の長さを求める問題。
私は数学が大の苦手で、内容の凄さとかは全くわからないのでノーコメントで😂

本殿





『佐々木八幡神社』
松原神社の末社はかつては12社ありましたが、現在は住吉(船玉)神社、鹿島神社、手置神社、稲荷神社、八幡神社があると神社庁や神社史にありました。
名称不明の末社が2社ありましたが、皆様の投稿を見るに太子堂のようなので住吉、鹿島、手置に関してはわからず。

『叶稲荷神社』




『万祝』
漁師が大漁祈願に参拝する際に着用していた晴れ着。


『吉兆の大亀』
小田原の海岸に現れた大亀を土地の者が当社の池に放ったところ、これを聞いた3代氏康が神社を参詣し舞を奉納したといいます。


ご由緒

風魔小太郎にあやかった『必守必勝まもり』

【吉兆の大亀(おみくじ付):松原神社】
家族旅行の帰り道、小田原にある松原神社にお参りしました。
松原神社は「鶴の森明神」や「松原大明神」とも呼ばれていて、北条氏が小田原を治めるようになってからは社領を寄進するなどして崇敬、小田原宿の総鎮守とされたそうです。
ご祭神は…
・日本武命(やまとたけるのみこと)
・素戔嗚命(すさのおのみこと)
・宇迦之魂命(うかのみたまのみこと)
参拝後、社務所にて「吉兆の大亀」のおみくじを拝受しました。
【吉兆の大亀伝説】
天文十四年(一五四五年)三月、小田原の海岸に大亀が現れ、松原神社の池に移されました。
この出来事を聞いた北条氏康は、「吉兆かな」と喜び、舞を奉納いたしました。
その後、河越夜戦にて北条軍が勝利したことから、「勝利」のご利益があるとされております。
甲羅は鮮やかな緑色で、身体は淡い緑色に塗られています。
横を向いた顔には丸い目が描かれていて、口は赤い線で微笑んでいるような表情が描かれています。
とても親しみやすい伝説の亀、勝利のご利益があるといいな♪
※詳しくはブログ「郷土玩具の杜」をご覧下さい。
入手日:2024年1月8日
掲載されている内容は当時のものです、情報が古い場合がありますのでご了承下さい。

授与品:吉兆の大亀

授与品:吉兆の大亀

授与品:吉兆の大亀

社務所:吉兆の大亀

吉兆の大亀

吉兆の大亀の石像

松原神社

松原神社

松原神社
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