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楽しみ方座間神社のお参りの記録一覧
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武相総鎮護の座間神社にあがらせていただきました。
明日2月22日は猫の日ということで、猫の限定御朱印が用意されるようです。
そして2月28日~3月3日はひな祭りとして、参道の石段がひな壇となり千体のひな人形が飾られることで有名です。
本当ならそのタイミングに参拝したかったのですが、そんなに都合よく出張はないので諦めます😅
私が参拝した際にはちょうど拝殿内でご祈祷の真っ最中だったため、拍手も控えめにしてそっとお参りし、その後拝殿左手に進んで末社へもお参り。
広い境内というわけではないのですが、木々の覆われていてとても落ち着く気持ちのよい空間でした。
すぐ近くには「米陸軍キャンプ座間」があるのでもっと騒々しいのかと思っていたのですが、とっても静かでした。
<御祭神>
日本武尊
<御由緒>~座間神社HPより~
「相模の飯綱さま」と親しまれている当神社の創祀は神代と云われていますが、一つは欽明天皇の御代(五三九~五七一)に、坐摩郷(座間の古名)に悪疫が流行した折に飯綱権現の化身である白衣の老人が現われ、崖下の森の中に湧く清水を使うようにすすめたので、村人がそのすすめに従ったところ、悪疫はやみました。そこで飯綱権現を祀ったというのです。
別の説(明治十二年編成皇国地誌)では、約八百年前の源頼朝が鎌倉へ幕府を開いたころ、悪疫が流行したした時に白衣の老人が来て、日本武尊を祀れば悪疫が治まると教えたので、日本武尊を祀ったといいますが、その時代は正和二年(一三一三)で、祭神は飯綱権現だという説もあります。
飯綱権現は、江戸時代には防火の神として信仰されていて(本来は伊勢の豊受大神と同じ食物の神様)、長野県の飯綱権現社が本社でした。座間神社と改めましたのは、明治九年で日本武尊が野火で攻撃された時、剱で草を刈って防いで勝ったという神話にもとづき、後世防火の神様ともされていましたので、明治時代になって村社とされるとき、同じくご利益のある日本武尊に祭神が改められました。正和二年、社殿を再建します。
この頃より武家の参詣が相次ぎまして、慶長七年(一六〇二)には領主内藤修理亮清成が一統を率いて参拝して武運長久、氏子の繁栄を祈られたという記録もあります。また、古くからこの地は、八王子街道の宿場街として栄え、ここを往来する人々、 また生糸を運ぶ車両の安全を祈念した人々で社頭が賑わいをみせたとも伝えられています。





当日の朝に例大祭があることを知り
急いで支度
丁度祓詞を唱えるタイミングで到着
参列者を見るとオフ会で何度かご一緒した
ひなぎくさんにお会いしました。
氏子崇敬会ではないので外から見学だけでもと思ってましたが
拝殿前のテント内にある胡床に座っても良いと言われ
参列することが叶いました。
御扉開帳、献撰、祝詞、巫女舞と一通り見ることが出来
驚いたのは神奈川県神社庁の献幣使が来られていた事と
社殿内で玉串奉奠されている方の中に
兼務社の総代さんが来られていた事
神輿が出る派手な祭典ではありませんが
内容が濃い祭りかと感じました。
最後に玉串拝礼もさせて頂き
本当に有難かったです。
ご一緒したひなぎくさん
いつもお世話になってるひまわりさん
ありがとうございました。



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