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楽しみ方金刀比羅宮のお参りの記録一覧
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琴平町で1泊し、翌朝金刀比羅宮に参拝しました。今回は初めてなので、神椿カフェに駐車してから行くことに。9:45に駐車場、10時に神社への階段がオープンします。店員さんの雰囲気だと、カフェの利用が必須というわけではなさそうです。通常より500段少ないので、本宮・奥社に行くのがだいぶ楽でした。持っている方は登山用のストックもあると歩きやすいと思います。
本宮を過ぎると喧騒から離れ、落ち着いた雰囲気になりました。途中に見える景色や境内社など見どころがあって、歩き続けていても退屈せずでした。奥社に到着した時の達成感は凄かったです。腰痛が完治した状態で来られ、改めて健康の大切さが身に染みました。今後も色々なところへ行けるよう見守っていただけるようお祈りしました。
ちょうどお昼頃カフェに戻ってきたので、食事もする事に。海老カツサンドイッチ・ハンバーガー・モンブランをいただきました。どれも美味しかったです。


四国を巡っていて 八十八所以外にもお参りしたいなぁと思っていましたので 日を改めてお参りすることにしました。家から3時間かけての(日帰り)お参りです。
「こんぴらさん」の名であまりにも有名ですし 本宮まで785段の石段にもチャレンジしたかったので 当日はウキウキ気分で家を出ました。
結果として このウキウキ気分があきませんでした。
皆さん 表参道入口の杖を借りての参拝をされていましたが 杖を借りずにひょいひょい石段を上っていけました。
石灯籠も玉垣も 見るものすべてが美しく 大門まではすぐでした。
建物も多く 特に旭社は荘厳な空気を醸し出していました。
少しへばった頃に本宮。高台にあるので景色も良く 本当に気持ちよくお参りできました。
本宮で終わらずに 奥之院にもお参りしました。あれもこれも 目に入るものはすべて見て回りました。写真も(載せていないのもあり)相当撮りました。
奥之院のお参りをすませて本宮に戻ってきたあたりで万歩計では6000歩を超えていたような気がします。
時間は予想通りで100分。いい調子でした。
そして本宮から石段を下り始めたところ 右ひざに違和感が・・・そしてしばらく歩くと続いて左ひざに違和感が。違和感はそのうち痛みに・・・そして激痛に。
何度か休憩をはさみながら表参道の石段を下りきったところで150分。下りだけで50分もかかってしまいました。
うどん屋さんで休憩と昼食。はしゃぎすぎたと反省しました。
しかーし こんぴらさんのお参りそのものはとても楽しかったです。
金刀比羅宮の由緒についてはいくつかの説がありますが 有力なものは 大物主命が象頭山に行宮を営んだ跡を祭った琴平神社から始まり 中世以降に本地垂迹説により仏教の金毘羅と習合して金毘羅大権現と称したとするものである。
主祭神は大物主神 (相殿)崇徳天皇です。
古くから信仰を集め 金毘羅信仰を後世に伝えるため 昭和44年(1969年)8月5日 宗教法人金刀比羅本教の設立認可を受け 金刀比羅本教の総本宮となりました。
金刀比羅本教は神社本庁に属さない独立した包括宗教法人であるが 金刀比羅宮自体はかつては神社本庁の被包括法人であり 別表神社に指定されていた。
しかし 令和元年(2019年)の天皇即位に伴う大嘗祭当日祭に供される臨時の神社本庁幣帛料が送付されなかったことなどを理由として 2020年6月5日に金刀比羅宮は神社本庁に対して「被包括関係を廃止する」との通知を送付した。
2020年11月 神社本庁からの離脱が承認され単立神社となった。
単立神社という言葉 初めて知りました。




前回は令和2年に金刀比羅宮に参拝にきました。当時はコロナ禍だったという事で参道の土産物屋さんなどは殆どが閉店していて、寂しい感じが漂ってました。
4年後の令和6年8月25日に再び参拝に行って来ました。
参拝者も沢山いてひっきりなしに参拝者とすれ違ったりして、コロナ禍の時とは全く感じが変わっていて賑わっていました。
私としては本当に嬉しいかぎりです。
しかし、今年も暑かったです。汗が全身から噴き出る様にTシャツとジーンズはベタベタでした。
久々に参道入り口の最初の鳥居を潜り階段を上がり始めました。
途中、途中にある神社をお詣りしながら、約900段の階段を上がりきり御本宮に到着しました。時間は1時間半位であがりました。御別宮にも行きお詣りをいたしました。
休憩所も開設されてました。奥宮に行く前に少し身体を休めていきました。
その後、奥宮の厳魂神社へ向かいました。
残り868段の階段に挑んできました。
景色の眺めは最高でした。



前日に引き続き参拝。
琴電琴平駅に隣接する金刀比羅宮北神苑に建つ高燈籠は1860年建設。
高さ27mは燈籠として日本一である。光は丸亀沖の船に届くように設計されたという。
鞘橋が架かる金倉川は昨日夜の雨で濁っている。橋桁を用いない建築が特徴的である。
大門は金刀比羅宮の総門であり、ここから先が境内である。
元は1654年高松藩主・松平頼重が寄進した仁王門であった。
門の先では古来より金刀比羅宮の神事の手伝いをしていた事で境内での営業を許された五軒の五人百姓が加美代飴の商いをしている。
宝物館は1905年の建築。神仏習合時代の松尾寺観音堂の本尊であった平安時代製作の十一面観音(重文)が展示されている。
1650年建築の木馬舎は高松藩主・松平頼重の寄進である。
1584年長宗我部元親寄進の賢木門は建築の際、柱が一本逆さまに取り付けられており逆木門と称された。1879年の改築の際「逆」の字を嫌い「賢木門」と書くようになった。


久しぶりにこんぴらさんにお参りしてきました。
おそらく30年ぶりくらいじゃないかと思います。
参道には新しいお店もたくさんありましたが、昔からここで商売をされているんだろうなと思えるお店もちらほらとあり、懐かしさもあって店先をちょこちょこと覗きながら参道の石段を進んでいると・・・
あるお店のおばあちゃんが、「そんなペースで歩いてたら上(奥社)まで行かれへんで!」と笑われてしまいました😅
まあ確かにゆっくり歩いていたので、「これはもっとペースを上げねば」と気を引き締めて、なんとか奥社まで行くことができました。
おばあちゃん、ありがとう!!
しかし30年前はスイスイ登ってお参りし、スイスイ降りてきたイメージが残っていたんですが、さすがに昔のようにはいかず、登りは足がパンバンになり息を切らしながらなんとか登り切りました。
そして下りは膝が笑い出したかと思ったら、途中から痛みが・・・
普段の運動不足がたたりました。
それにしてもこんぴらさんはやはり参拝者が多いですね。
カップルから家族連れ、年配の方まで幅広くいらっしゃいました。
さきほども書いたように奥社までお参りはしましたが、まずは御本宮までの投稿をさせていただきます。
御本宮より先の白峰社と厳魂神社(奥社)はまた別途投稿させてもらいます。
少しでも参拝の雰囲気を感じてもらえるよう、敢えて御本宮に着くまでの順番どおりの写真の並びにしてみました。



事前にググって、参拝は18時までと見ていたのに、直前で社務所は17時までだと知り、大急ぎでこんぴらさんへ。
階段を見上げて心を決めて上り始めます。
地図で見た時は平面だったんです…
ひーひー汗だくで上り切った境内からの眺めは、とても気持ちの良いものでした。
帰り道、階段をおりていくと参道の商店街から、閉店の支度しながら楽しそうなお喋りが聞こえてきました。お国言葉を聞いていると、いつもの私とはとても遠い場所で暮らしている人達なんだなぁ…としみじみ。
そしてショック…奥社?の写真がない!ガーン。撮ったつもりだったのに。
余談?だけど、社務所で御朱印を「印刷したものですけど」と巫女さんから言われ、はい。と、脳内では汗ジャージャー&息切れを落ち着かせようと必死になりつつ、頂けることにただ安堵し拝受しましたが、
あとから、「紙でのお渡し」とか「先に捺したもの」とかの表現はよく聞くけど「印刷したもの」と先に言うのは潔いなぁ。と思いました(笑)
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