ちゅうそんじ|天台宗|関山
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楽しみ方中尊寺のお参りの記録一覧
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四寺廻廊 2カ寺目は、平泉 中尊寺さんです。
中尊寺といえば"金色堂"。光り輝くお堂。
国宝建造物第一号。奥州藤原氏 清衡公 基衡公 秀衡公 泰衡公が眠っておられます。
中尊寺は、850年(嘉祥3年)慈覚大師円仁によって開山されたお寺さん。
その後、藤原清衡(1056〜1128)が中尊寺造営を始めます。(1108年)11世紀後半東北地方で続いた戦乱で亡くなった"生きとし生けるものの霊"を敵味方の別なく慰め、この地に"仏国土"を造るのが目的でした。
"仏国土"とは、仏の教えによる平和な理想社会のことです。戦乱により父や妻子を失い骨肉の争いを余儀なくされた清衡の"非戦の決意"を具現化したもの。親兄弟が戦った時代。想像を絶する出来事の末、清衡が辿り着いた理想とする"世界"でした。
その"世界"を詩にした若き宮沢賢治。凄すぎて、
言葉で現せない空間。ゆっくりと歩かせていただきました。🙏
山号:関山
宗派:天台宗
御本尊:釈迦如来(本堂本尊)
開山:円仁(慈覚大師)
創建:伝850年(嘉祥3年)
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岩手県平泉町に境内を構える、世界遺産中尊寺、定期的に訪れています、訪れる度にパワーを補いに伺ってます。何度来ても良い場所です。どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は関山、寺号、院号は中尊寺、宗派は天台宗、ご本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、奥州三十三観音霊場、特別霊場、北國八十八ヶ所霊場、第八十六番札所、奥の細道みちのく路三十三ヶ所霊場、第十一番札所、東日本大震災慰霊、みちのく巡礼三十三ヶ所霊場、岩手、協力寺院、中尊寺は嘉祥3年(850)、比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)によって開かれました。その後、12世紀のはじめに奥州藤原氏初代清衡公によって大規模な堂塔の造営が行われました。藤原興世の帰依を受けた慈覺大師円仁が嘉祥3年(850)に弘台寿院と号して創建、貞観元年(859)に清和天皇より賜り中尊寺と号したといいます。堀川天皇の勅命により藤原清衡が伽藍堂宇の建立に着手、基衡・秀衡も伽藍を造立し、寺塔四十余宇、禅坊三百余を擁する大寺院となったといいます。建武4年(1337)災禍により焼失したもののその後の領主よりも寺領を安堵され、金色堂を始めとして数多くの寺宝を有している天台宗の別格大寺(東北大本山)寺院です。平成23年(2011)には「平泉ー仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として世界文化遺産に登録されています
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10月、この頃は完璧に鬱で自分はどこにも出掛けたくなかったのですが、親は平常運転でほぼ毎月のように旅行とか行っており、この頃、岩手に行ったらしく中尊寺の御朱印を土産でもらいました。
一応、中尊寺は何年も前に自分自身も岩手旅行して行ったことがありますが、その頃はまだ御朱印覚醒しておらずお守りしか買ってなかったので正直ありがたかったです。
というか当時は御朱印というものがあること自体を知らず、寺社の授与品てのは、御札とお守りとあとは絵馬とか破魔矢みたいな縁起物しかないと思ってた・・・無知とは恐ろしい(>_<)
覚醒前に行っちゃったがために、未受印の遠方有名寺社とかも結構ありんす(ノД`)
ざっと思い付くだけでも、浅草寺、日光東照宮、早池峰神社、高麗神社とか・・・死ぬまでにいくつリカバーできるか(ーー;)


松尾芭松尾芭蕉を廻る旅♪
という事で、やってきたのは岩手県平泉。
世界遺産ともなっている中尊寺を見ずにはおれまい。
作家・井上靖は、平泉の中尊寺金色堂を「美しい黄金の小函(こばこ)」と表現している。 金色堂は何の為に建てられたのか? いわば、藤原氏のお墓だ。 死後も金に包まれる。 21世紀の日本人Youtuberとはレベルが違う。 井上靖が中尊寺金色堂を訪れたのは65歳。自らの死を意識した頃だ。私も己の死を意識する年だ。 その覚悟を持って金色堂を観たい。
中尊寺は嘉祥3年(850)、比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)によって開かれました。その後、12世紀のはじめに奥州藤原氏初代清衡公によって大規模な堂塔の造営が行われました。
清衡公の中尊寺建立の趣旨は、11世紀後半に東北地方で続いた戦乱(前九年・後三年合戦)で亡くなった生きとし生けるものの霊を敵味方の別なく慰め、「みちのく」といわれ辺境とされた東北地方に、仏国土(仏の教えによる平和な理想社会)を建設する、というものでした。それは戦乱で父や妻子を失い、骨肉の争いを余儀なくされた清衡公の非戦の決意でもありました。 清衡公は長治2年(1105)より中尊寺の造立に着手します。まず東北地方の中心にあたる関山に一基の塔を建て、境内の中央に釈迦・多宝如来の並座する多宝寺を建立し、続いて百余体の釈迦如来を安置した釈迦堂を建立します。この伽藍(がらん)建立は『法華経』の中に説かれる有名な一場面を具体的に表現したものでした。(中尊寺の説明より)
中尊寺と言うと、金色堂のイメージが強すぎ、藤原氏の栄華を誇る為のお堂なのだろう、と思っていた。どうやら違うようだ。
私が勘違いしていたのだが、金色堂は外に光り輝くお堂が観えているのだろうと思っていたのだ。
実際は、金色堂を包むようなお堂が建てられてあり、入館料を払い金色堂を観ると言った形であった。藤原氏の栄華を思わせるものであった。
旅の笑える話。
五木寛之先生の本からの抜粋など、長くなりますので。興味のある方はこちらに。
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