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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※中尊寺ではいただけません

ちゅうそんじ|天台宗関山

中尊寺

岩手県 平泉駅

8:30〜17:00(11月4日〜2月末日:〜16:30)

投稿する
0191-46-2211

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(13種類)

中尊寺では、「弁慶堂」「地蔵堂」「道祖神」「薬師堂」「本堂」「峯薬師堂」「讃衡蔵」「大日堂」「阿弥陀堂」「金色堂」「経蔵」「釈迦堂」「弁財天堂」「白山神社」の13種類の御朱印をいただけます。

金色堂では片面の御朱印と、見開きの御朱印があります。

弁慶堂の御朱印

300円
書置き

真ん中に弁慶堂、左下に中尊寺と書かれ、右上と真ん中に印、左下に弁慶堂の印が押されています。
弁慶堂のご本尊は勝軍地蔵です。
源義経と弁慶の像を安置した後、明治以降に弁慶堂とよばれるようになったそうです。

地蔵堂の御朱印

300円
直書き

真ん中に地藏尊、左に中尊寺地蔵堂と書かれ、右上に印、真ん中に梵字の印、左下に中尊寺地蔵堂の印が押されています。

道祖神の御朱印

300円
直書き

真ん中に道祖神、左に中尊寺 積善院の文字が書かれ、右上に家庭円満の印、真ん中にお姿の印、左下に中尊寺積善院の印が押されています。
地蔵堂の横の祠に道祖神がお祀りされています。

薬師堂の御朱印

300円
書置き

真ん中に大きく薬師堂、左に中尊寺と書かれ、右上に印、真ん中に梵字の印、左下に印が押されています。
薬師堂の本尊は薬師如来です。

本堂の御朱印

300円
直書き

真ん中に梵字、左に関山中尊寺と書かれ、右上に印、真ん中に関山の印ち中尊寺の印が押されています。

峯薬師堂の御朱印

300円
書置き

真ん中に薬師如来、左上に中尊寺と書かれ、真ん中に梵字の印、左下に願成就院の印が押されています。

讃衡蔵の御朱印

300円
直書き

真ん中に丈六佛、左に中尊寺讃衡蔵と書かれ、右上に印、真ん中に梵字の印、左下に讃衡蔵の印が押されています。
丈六佛とは丈六(じょうろく)の薬師如来のことで、大きさが一丈六尺あります。
讃衡蔵(さんこうぞう)は奥州藤原氏の文化財が約3000点ほど収蔵されている宝物館です。

大日堂の御朱印

300円
直書き

真ん中に大日如来、左に中尊寺大日堂と書かれ、真ん中に梵字の印、中尊寺大日堂の印が押されています。
大日堂の御本尊は金剛界大日如来です。

阿弥陀堂の御朱印

300円
書置き

真ん中に南無阿弥陀佛、左に中尊寺と書かれ、真ん中に梵字の印、左下に彌陀堂の印が押されています。

金色堂の御朱印(御朱印帳持参の際)

300円
直書き

真ん中に金色堂、左に関山中尊寺と書かれ、右上に印、真ん中に梵字の印、左上に金色堂の印が押されています。
御朱印帳を持参の際は、一面の御朱印がいただけます。

金色堂の御朱印(中尊寺の御朱印帳を購入した際)

2,000円(御朱印帳と御朱印代込み)
直書き

真ん中に金色堂、左に関山中尊寺と書かれ、右上に印、真ん中に梵字の印、左下に金色堂の印が押されています。
中尊寺の御朱印帳を購入された際、見開き二面の御朱印がいただけます。

経蔵の御朱印

300円

真ん中に千手観音、左に中尊寺経蔵と書かれ、右上に印、真ん中に梵字の印、左下に経蔵の印が押されています。

弁財天堂の御朱印

300円
書置き

真ん中に弁財天、左に中尊寺弁天堂と書かれ、右上に琵琶のイラストの印、真ん中に弁財天十五童子の印、左下に中尊寺辨天堂の印が押されています。
琵琶は弁財天の持ち物です。御本尊は弁財天十五童子です。

白山神社の御朱印

300円
直書き

真ん中に白山神社、右に中尊寺、左に能楽殿と書かれ、真ん中に白山神社の印、「国重要文化財中尊寺白山神社能楽殿」の印が押されています。
中尊寺の北方鎮守のため勧請されました。
能楽殿では5月4日と5日に神事能が奉納されます。

御朱印帳(2種類)

中尊寺の御朱印帳は全部で2種類。中尊寺の御朱帳帳と弁慶堂の御朱印帳があります。

中尊寺の御朱印帳

18×12cm
2,000円(御朱印代込み)

表紙には、金色堂にある国宝の金剛華鬘(こんどうけまん)が描かれています。
表面の右上に奉納経集印帳、裏面下部に「中尊寺 金色堂 金剛華鬘(国宝)」の文字が入っています。
金剛華鬘は金色堂にかけられていた銅製鍍金の花輪のことです。

弁慶堂の御朱印帳

表紙に南無阿弥陀仏、裏面下部に「中尊寺 弁慶堂」の文字が入っています。

授与場所・時間

御朱印は弁慶堂、地蔵堂、薬師堂、本堂、峯薬師堂、讃衡蔵、大日堂、阿弥陀堂、金色堂、経蔵、弁財天堂、白山神社の各施設でお受けできます。道祖神の御朱印は地蔵堂でお受けできます。

中尊寺の御朱印帳は本堂と金色堂、弁慶堂の御朱印は弁慶堂でお受けできます。

時間帯などによっては、施設が無人の場合もございます。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

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御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

有料駐車場(第一駐車場、第二駐車場、坂の上駐車場)

巡礼

奥州三十三観音番外札所
四寺廻廊札所

中尊寺について

奥州藤原氏ゆかりのお寺

おすすめの投稿

のぶさん
2022年05月09日(月)
1212投稿

前日参拝した時にどうしても行きたかった場所があったのですが見つけられず、中尊寺を後にしました。その夜生前妻と訪れた中尊寺の夢を見ました。昼間思い出せなかった場所も目覚めた時にハッキリ覚えていて、失念しかけてた妻との中尊寺での思い出や会話も昨日のことのように思い出しました。最近は夢でも逢える機会が減ってきていたので、素直に嬉しかったです。
予定を変更して翌朝中尊寺へ、昨日早い時間に閉まってしまった数箇所の御朱印もいただけました。参拝客が少ないと人件費の問題で
早々と閉めてしまうそうです😅弁慶堂の方が言ってました。
昨日見つけられなかった階段も無事に見つけられて、帰りに不思議な体験もしました。
     以下は中尊寺の案内です
月見坂
 国道4号線より中尊寺坂下へと足をすすめると、月見坂と呼ばれる坂の入り口へとたどり着きます。中尊寺は標高130メートルほどの東西に長い丘陵に位置しているため、この坂が古くから本堂・金色堂へと参拝する人々の表参道として利用されてきました。参道をのぼり始めると、両脇には江戸時代に伊達藩によって植樹された樹齢300年を数えようかという幾本もの老杉が木陰を作り参拝客を迎えます。老杉と山の空気が作り出す荘厳な雰囲気に浸りながら足をすすめると、右手には奥州藤原氏に縁の深い束稲山・北上川・衣川を眺望することができます。古の俳人芭蕉翁をはじめ多くの旅人がここで足を止め眼下に広がるその光景を眺め、在りし日の平泉の栄華に想いを馳せたに違いありません。

本堂
 中尊寺の中心となる堂塔のひとつで、年間を通じて多くの法要・儀式、そして様々な行事が行われています。現在の本堂は明治42年に再建されたもので、本尊の釈迦如来坐像は丈六仏という一丈六尺の大きな仏様です。初代清衡公が中尊寺造営の折「丈六皆金色の釈迦如来」を中尊寺のご本尊様に安置したことにならい、平成25年、現在の仏様を建立・安置いたしました。本尊の両脇には伝教大師最澄様より灯りつづける「不滅の法灯」が本山延暦寺より分燈・護持されております。

金色堂[国宝]
 金色堂は中尊寺創建当初の姿を今に伝える建造物で1124年(天治元年)、奥州藤原氏初代清衡公によって上棟されました。数ある中尊寺の堂塔の中でもとりわけ意匠が凝らされ、極楽浄土の有様を具体的に表現しようとした清衡公の切実な願いによって、往時の工芸技術が集約された御堂です。内外に金箔の押された「皆金色」と称される金色堂の内陣部分は、はるか南洋の海からシルクロードを渡ってもたらされた夜光貝を用いた螺鈿細工。そして象牙や宝石によって飾られています。須弥壇の中心の阿弥陀如来は両脇に観音勢至菩薩、六体の地蔵菩薩、持国天、増長天を従えておられ、他に例のない仏像構成となっております。この中尊寺を造営された初代清衡公をはじめとして、毛越寺を造営した二代基衡公、源義経を奥州に招きいれた三代秀衡公、そして四代泰衡公の亡骸は金色の棺に納められ、孔雀のあしらわれた須弥壇のなかに今も安置されております。仏教美術の円熟期とも称される平安時代末期、東北地方の二度にわたる大きな戦いで家族をなくし、後にその東北地方を治めた清衡公が、戦いで亡くなってしまった全ての人々、そして故なくして死んでしまったすべての生き物の御魂を極楽浄土に導き、この地方に平和をもたらすべく建立した中尊寺の堂塔が古の栄華を今に伝えます。

金銅華鬘
こんどうけまん
 金色堂にかけられていた銅製鍍金の華鬘。華鬘とは花輪のこと。インドでは生花を編んで輪にし、仏像の首や腕に掛けて供養した。のち、金属や皮、木などで花をかたどった華鬘がつくられ仏堂を飾るようになった。団扇形の内側には極楽に咲くといわれる宝相華(ほうそうげ)を透かし彫りにし、中央に総角結びのかざり紐、左右には極楽に飛ぶ人面鳥・迦陵頻伽(かりょうびんが)を彫り起こし、浄土世界を演出している。
中尊寺金色院 蔵

丈六仏
じょうろくぶつ
 讃衡蔵に入ると正面に3体の丈六仏が安置されています。向かって左が薬師如来(もとは閼伽堂の本尊、金色院蔵)、中央が阿弥陀如来(もとは本堂の本尊、中尊寺蔵)、右が薬師如来(もとは峯薬師堂の本尊、願成就院蔵)です。いずれも平安時代後期の作とみられ、おだやかな表情をしています。
 丈六とは、1尺(30.3cm)の16倍、1丈6尺の意味ですが、坐像なのでその半分強(266~273.3cm)の像高。3体ともに桂材で、重要文化財。

金光明最勝王経 金字宝塔曼荼羅
こんこうみょうさいしょうおうきょう きんじほうとうまんだら
 紺紙に金泥で金光明最勝王経を塔の形に細字で写経し、一巻で一塔、計十塔からなる。塔は各部が精密にあらわされ、初層では釈迦如来が説法をおこなっている。塔の前には浄土の園池が広がり、仏法を聴聞する者が集う。塔の周囲には大和絵(やまとえ)風の彩色画によって経の意味が色彩豊かに展開している。宝塔曼荼羅は、写経・造塔造仏・経典解説の三功徳を一度に成就する善行として平安から鎌倉時代にかけてしばしば描かれたが、本図はその中でも代表作である。
中尊寺大長寿院 蔵

紺紙金銀字交書一切経
こんしきんぎんじこうしょいっさいきょう
 紺紙に銀泥で界線を引き、金字と銀字で1行ごとに経文を書いている。初代清衡公の発願になるもので、永久五年(1117)から8ヵ年を費やして完成した。表紙は宝相華唐草文様、見返し絵には釈迦説法図や経の内容を表す絵など多彩な図様が示されている。本来5300巻ほどあったものであるが、桃山時代に山外に移動し、国宝指定のものでは十五巻が中尊寺に伝わっている。
中尊寺大長寿院 蔵

金色堂で素敵な御朱印帳とも出会え、これから妻と巡った思い出の場所の御朱印だけをこの御朱印帳に記録していこうと思います🙏生きていたらまた12年後に中尊寺と毛越寺を訪れてみようと思います。

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のぶさん
2022年05月01日(日)
1212投稿

中尊寺というのはこの山全体の総称であり、本寺である「中尊寺」と山内17ヶ院の支院(大寺の中にある小院)で構成される一山寺院です。本堂は一山の中心となる建物で、明治42年(1909)に再建されました。古くから伝わる法要儀式の多くはこの本堂で勤められます。
本尊は丈六の釈迦如来。像高約2.7m、台座・光背を含めた総高は5mに及ぶ尊像です。中尊寺の大壇主藤原清衡公が「丈六皆金色釈迦」像を鎮護国家大伽藍の本尊として安置したことにならい平成25年(2013)に造顕・開眼供養されました。
中尊寺は天台宗の天本山であり、本尊の両脇にある灯籠には、宗祖伝教大師最澄以来灯り続ける「不滅の法灯」が護持されています。中尊寺の寺格は別格大寺、天台宗東北大本山です。

中尊寺は嘉祥3年(850)、比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)によって開かれました。その後、12世紀のはじめに奥州藤原氏初代清衡公によって大規模な堂塔の造営が行われました。
 清衡公の中尊寺建立の趣旨は、11世紀後半に東北地方で続いた戦乱(前九年・後三年合戦)で亡くなった生きとし生けるものの霊を敵味方の別なく慰め、「みちのく」といわれ辺境とされた東北地方に、仏国土(仏の教えによる平和な理想社会)を建設する、というものでした。それは戦乱で父や妻子を失い、骨肉の争いを余儀なくされた清衡公の非戦の決意でもありました。
 清衡公は長治2年(1105)より中尊寺の造立に着手します。まず東北地方の中心にあたる関山に一基の塔を建て、境内の中央に釈迦・多宝如来の並座する多宝寺を建立し、続いて百余体の釈迦如来を安置した釈迦堂を建立します。この伽藍(がらん)建立は『法華経』の中に説かれる有名な一場面を具体的に表現したものでした。
 娑婆世界で法華経を説く釈迦如来のもとに七宝で美しく荘厳された巨大な多宝塔が現れた。釈迦如来は神通力をもって十方世界で法華経を説く自らの分身の諸仏を一ヶ所に集めると塔の扉を開いた。すると塔中に多宝如来が現れ、釈迦の説く「あまねく平等に開かれる仏への道(三乗即一乗)」をたたえてその真実性を証明した。多宝は座を分かって釈迦に勧め、塔中に二仏が並座した。釈迦は自らの滅後、法華経を永くたもち守るべきことを聴衆に説くのであった。

 清衡公は釈迦如来により説かれた法華経に深く帰依し、その平等思想に基づく仏国土を平泉の地にあらわそうとしたのでした。清衡公は『中尊寺建立供養願文』の中で、この寺は「諸仏摩頂の場」であると述べています。この境内に入り詣でれば、ひとりも漏れなく仏さまに頭を撫でていただくことができる。諸仏の功徳を直に受けることができる、という意味です。
 法華経の教えに浄土教や密教を加え大成された天台宗の教えに基づく伽藍が境内に建ち並び、その規模は鎌倉幕府の公的記録『吾妻鏡』によると、寺塔が四十、禅坊(僧の宿舎)が三百におよんだといいます。
 二代基衡公は、父の志を継いで薬師如来を本尊とする毛越寺の造立をすすめ、三代秀衡公は阿弥陀如来を本尊とする無量光院を建立しました。三世仏(過去釈迦、現世薬師、未来世阿弥陀)を本尊とする三寺院の建立は、すべての生あるものを過去世から現世さらに未来世にいたるまで仏国土に導きたいという清衡公の切実な願いの具現でもありました。

 平泉はおよそ100年近くにわたって繁栄し、みちのくは戦争のない「平泉の世紀」でした。しかし、平氏政権を倒した源義経が、兄頼朝と対立し平泉に落ちのびて間もなく、義経を保護した秀衡公が病死すると、四代泰衡公は頼朝の圧力に耐えかね義経を自害に追い込みます。その泰衡公も頼朝に攻められ、文治5年(1189)奥州藤原氏は滅亡したのです。
 鎌倉時代以降、大きな庇護者をうしなった中尊寺は次第に衰退し、建武4年(1337)の火災で惜しいことに多くの堂塔、宝物を焼失しました。しかし国宝建造物第1号の金色堂をはじめ、建築、絵画、書跡、工芸、彫刻、考古、民俗の各分野にわたる文化遺産が現在まで良好に伝えられ、東日本随一の平安仏教美術の宝庫と称されています。
 平成23年(2011)に中尊寺を含む「平泉の文化遺産」が世界文化遺産に登載されました。

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中尊寺の基本情報

住所岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
行き方

JR東北本線「平泉駅」より徒歩25分
平泉町巡回バスるんるん「中尊寺バス停」下車

アクセスを詳しく見る
名称中尊寺
読み方ちゅうそんじ
参拝時間

8:30〜17:00(11月4日〜2月末日:〜16:30)

参拝料

大人800円、高校生500円、中学生300円、小学生200円

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0191-46-2211
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.chusonji.or.jp/
お守りあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご本尊阿弥陀如来
山号関山
宗旨・宗派天台宗
創建時代嘉祥三年(850)
開山・開基慈覚大師円仁
札所など

奥州三十三観音番外札所
四寺廻廊札所

文化財

金色堂(国宝)
丈六仏,白山神社能舞台,経蔵(重要文化財)
中尊寺境内(国特別指定)
本坊表門(県指定文化財)
伝弁慶の墓(町指定文化財)

体験坐禅(座禅)写経・写仏仏像世界遺産国宝重要文化財武将・サムライ有名人のお墓

Wikipediaからの引用

概要
中尊寺(ちゅうそんじ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗東北大本山の寺院。奥州三十三観音番外札所。山号は関山(かんざん)、本尊は釈迦如来 。寺伝では円仁の開山とされる。実質的な開基は藤原清衡。 奥州藤原氏三代ゆかりの寺として著名であり、平安時代の美術、工芸、建築の粋を集めた金色堂を始め、多くの文化財を有する。 境内は「中尊寺境内」として国の特別史跡に指定されている。2011年(平成23年)6月26日、「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」の構成資産の一つとして世界遺産に登録された。 平泉毛越寺、松島瑞巌寺、山形立石寺と共に「四寺廻廊」という巡礼コースを構成している。
歴史
歴史[編集] 寺伝によると、嘉祥3年(850年)、円仁(慈覚大師)が関山弘台寿院を開創したのが始まりとされ、その後貞観元年(859年)に清和天皇から「中尊寺」の額を賜ったという。しかし、円仁開山のことは、確かな史料や発掘調査の結果からは裏付けられず、実質的には12世紀初頭、奥州藤原氏の初代・藤原清衡が釈迦如来と多宝如来を安置する「多宝寺」を建立したのが、中尊寺の創建と見られる。 藤原清衡と中尊寺[編集] 奥州藤原氏の初代、藤原清衡は前九年の役のさなかの天喜4年(1056年)に生まれた。清衡の家系は藤原秀郷の流れを汲むという。清衡が7歳の時、彼の父藤原経清は、安倍氏に味方したかどで斬殺...Wikipediaで続きを読む
アクセス
アクセス[編集] 岩手県交通バス利用。 一関駅より「国道南線」 平泉駅より平泉町巡回バス「るんるん」 以上の路線に乗車し、「中尊寺」バス停下車。 岩手県北バス利用。 仙台空港より「ガイド付き路線バス」[1]に乗車し、「平泉レストハウス前」下車。 平泉駅より徒歩25分。 平泉前沢ICより車で15分。 ^ 仙台空港⇔松島⇔平泉⇔花巻(ガイド付き) 岩手県北バス
引用元情報中尊寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E4%B8%AD%E5%B0%8A%E5%AF%BA&oldid=90653399

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