しょうぼうじ|曹洞宗
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岩手県奥州市水沢に境内を構える、大梅拈華山正法寺、国指定重要文化財の施設拝観、茅葺き屋根の歴史的建造物、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、色々と引用を用いて調べて見ました、山号は大梅拈華山(だいばいねんげざん)寺号、院号は正法寺、宗派は曹洞宗、ご本尊は如意輪観音、北國八十八ヵ所霊場、第八十五番札所、かつては大本山の永平寺、總持寺に次ぐ第三本山と呼ばれた。1990年(平成2年)9月11日には、本堂などが国の重要文化財に指定された。正法寺は、永平寺、總持寺と並んで東北地方における「第三の本山」の格式を得ました。その勢力は東北地方を中心に関東関西にまで広がり、東北地方の宗教、文化の形成に大きな役割を果たしてきました。末寺の数は往事、508ヵ寺とも1200ヵ寺とも記されておりました。「第三の本山」の格式は江戸初期に幕府の政策によって失われましたが、由緒ある古寺として仙臺伊達藩から寺領や建物の寄進等で別格の待遇を受けておりました。現在も73ヵ寺の末寺を有し、宗門において特別の格式を保持する古刹として広く知られている、語り継がれてきた七つの不思議な言い伝えでも有名な寺、歴史的建造物、仏閣、仏像、神社巡り、パワースポット、拝観、散策、絶景、四季の景色撮影、日本庭園、世界遺産平泉、岩手県観光、北國八十八ヵ所霊場巡り、御朱印集め等好きな方訪れて見て下さい。
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国指定重要文化財の施設拝観、御朱印を頂きに、茅葺き屋根の歴史的建造物、正法寺を訪れましたので色々と引用を用いて調べて見ました、岩手県奥州市水沢市黒石町に在る、曹洞宗の寺院。山号は大梅拈華山(だいばいねんげざん)。本尊は如意輪観音。かつては大本山の永平寺、總持寺に次ぐ第三本山と呼ばれた。1990年(平成2年)9月11日には、本堂などが国の重要文化財に指定された。正法寺は、永平寺、總持寺と並んで東北地方における「第三の本山」の格式を得ました。その勢力は東北地方を中心に関東関西にまで広がり、東北地方の宗教、文化の形成に大きな役割を果たしてきました。末寺の数は往事、508ヵ寺とも1200ヵ寺とも記されておりました。「第三の本山」の格式は江戸初期に幕府の政策によって失われましたが、由緒ある古寺として仙臺伊達藩から寺領や建物の寄進等で別格の待遇を受けておりました。現在も73ヵ寺の末寺を有し、宗門において特別の格式を保持する古刹として広く知られている、語り継がれてきた七つの不思議な言い伝えでも有名な寺、歴史的建造物、仏閣、神社巡り、パワースポット、拝観、散策、絶景、四季の景色撮影、世界遺産平泉、岩手県観光、御朱印集め等好きな方訪れて見て下さい。
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【陸奥國 古刹巡り】
正法寺(しょうぼうじ)は、岩手県奥州市水沢区黒石町正法寺にある曹洞宗の寺院。山号は大梅拈華山(だいばいねんげざん)。本尊は如意輪観音。かつては大本山の永平寺、總持寺に次ぐ第三本山と呼ばれた。本堂、庫裏、惣門は、国指定の重要文化財。なお、本堂の茅葺屋根は面積が720坪あり日本一の規模。
創建は南北朝時代の1348年、無底良韶(むていりょうしょう)による開山。無底良韶は曹洞宗大本山總持寺二祖の峨山韶碩(がさんじょうせき)の高弟で、開山道元が中国から持ち帰った袈裟「僧伽梨(そうかり)」を峨山が無底に授けている。1350年には崇光天皇が当寺を「出羽奥州両国における曹洞の第三の本寺」として、住職に紫衣の着用を許している。無底の死後、月泉良印が跡を継ぎ、東北地方での布教を進め「月泉四十四資」と呼ばれる弟子を輩出し、岩手県南部から宮城県にかけて末寺が開かれ、その数は508とも1200とも言われた。江戸時代1615年の幕府の法度により本寺の格を失ったが、現在でも72の末寺を有している。
当寺は、JR東北本線・陸中折居駅の東南東8kmの山あいにある。幹線道路(国道343号線)から少し逸れたところにあって、昔門前町であったと思われる街の中にある。境内は小丘の斜面にあって、低い位置にある山門をくぐると、丘上に巨大な本堂がドーンと見えてインパクトが大。本堂前は、庭園のようになっているが、かつての伽藍の跡地のようで説明の標識がいくつも立っている。大きな建物は本堂と隣接した僧堂、寺務所、高い位置にある開山堂ぐらい。有料拝観で内部を見て廻ると、心が落ち着いてきて、人里離れた巨刹にやってきた感覚にしみじみする。
今回は、本堂、庫裏、惣門は、国指定の重要文化財であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、自分以外にも数人参拝者が訪れていた。
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大梅拈華山正法寺は岩手県奥州市水沢区黒石町に境内を構えている曹洞宗の寺院です。正法寺の創建は南北時代の貞和4年(1348)に無底良韶禅師によって黒石寺奥の院として開創しました。
無底良韶禅師は能登出身の曹洞宗の高僧で、永光寺(石川県羽咋市)の明峰素哲の下で出家し、総持寺(石川県輪島市※当時の總持寺祖院)の峨山韶碩に師事すると峨山二十五哲の筆頭として名を馳せ曹洞宗の開祖道元から連綿と引き継がれている「僧伽梨」を授けられています。
康安元年(1361)に無底良韶禅師が死去すると、徳の高い門弟が育てられなかった事から、弟弟子で同じく峨山二十五哲に名を連ねた月泉良印が正法寺2世を就任しています。月泉良印は補陀寺(秋田県秋田市)を開くなど正法寺3世(持住に就任する前に死去)となった道叟道愛と共に東北地方での曹洞宗の布教に尽力しています。
正法寺は東北地方の曹洞宗の中心的存在で、当時は永平寺(福井県永平寺町)や総持寺と同格の奥羽二州の本山の格式を持っていて、末寺は508カ寺とも1200カ寺とも言われていました。
江戸時代初期の元和元年(1615)、仙台藩(藩庁:仙台城)は正法寺の本寺としての格を無くしますが、寺領を75石与えるなど庇護し、火災によって失われた堂宇の再建も藩費を投じて行われました。正法寺は現在でも73カ寺の末寺を持ち、全国で25箇所しかないという僧堂があり日々厳しい修行が行われています。
正法寺本堂は日本最大の茅葺屋根を持ち国指定重要文化財に指定され、文化4年(1807)に建立された庫裏も同様に指定されています。
正法寺最古の建物である総門は寛文5年(1665)に建てられ同じく国重要文化財、庫裏に付属する鐘楼と御堂建築の遺構である開山堂は奥州市指定有形文化財となっています。
又、正法寺の本尊である「如意輪観世音菩薩坐像」は鎌倉時代後期の寄木造りで岩手県指定文化財として1年に1度10月16日熊野大権現大祭の際に御開帳されます。
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