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楽しみ方慈光寺(弓田ポックリ不動尊)のお参りの記録一覧
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茨城県 坂東市 に境内を構える、明王山 知恩院 慈光寺、平将門に所縁の深い寺院でポックリ不動尊の名で有名です、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております 、2024.に 北関東不動尊霊場にて参拝致しました、寺院対応は親切で快く対応して下さり、また訪れたいと思える寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 明王山、院号は 知恩院、寺号は 慈光寺、 宗旨 宗派は 天台宗、ご本尊は 阿弥陀如来、北関東三十六不動尊霊場 第三十五番札所 ポックリ不動尊、天平十八年(746)に、すべての悪魔を退散させ、世の中を平和にし、とされる 衆魔降伏、真理円融の道場として、行基菩薩の高弟が創建。同時に、不動明王が祭られた。当時は、法相宗に属し智恩院と称される。
平安時代にはいると、将門が石井(岩井の前身)に営所を構える。以来、智恩院を鬼門除けの本尊として、また、厄除けの守り本尊として深く信仰していたと伝えられる。鎌倉時代の初め、伝教大師の法孫・俊乃上人が下総に派遣され、岩井市大字大谷口泉福寺を薫ずるに至り、智恩院も天台宗に帰属。そして寺号を慈光寺と改め、今日に至る。戦国時代の末、天正四年(1576年)、下妻城主多賀谷氏と弓田城主染谷氏との激戦の際、戦火に遭ったが、不思議な霊験により、千古の秘仏不動明王の像はいちょうの大木によって、火難を避けられた。 阿弥陀如来は火灰を止めて 阿弥陀堂とともに戦火を回避したが、これ以外の堂宇はすべて焼失。
そこで、不動尊を阿弥陀堂に安置。以来、不動尊を信仰すれば、その願いが阿弥陀如来にまで伝わり、とくに、臨終に際しては苦しみもなく、枯木が枯れるように、ポックリと人生をおえることができるという信仰が広まり、いつしか「ポックリ不動様」と呼ばれるようになった。しかし、明治にはいり信者が増えてきたので、ポックリと諸願が成就するという信仰が着々と広まっていった。これが、通称「ポックリ不動尊」の由来

北関東三十六不動尊霊場🌅
今年中に満願しちゃおう企画🈵
題して「ハッスル巡礼36」第23弾‼️は
第三十五番巡礼場の天台宗慈光寺へ🙏
もちろん御本尊は不動明王様☀️
戦国時代に不動尊を阿弥陀堂に安置して以来
不動尊を信仰すればその願いが阿弥陀如来にまで伝わり
とくに、臨終に際しては苦しみもなく
枯木が枯れるようにポックリと人生をおえることが
できるという信仰が広まり、いつしか「ポックリ不動様」
と呼ばれるようになりました。
住職さんに直書きして頂いた際にフクロウ(不苦労)
を頂きました😊
御利益ありそうですね🈵
またまた徳を積む事が出来ました⭕️
本日の徳々ポイントは御朱印料300Pと
ポックリフクロウ🦉頂いてラッキー✌️
あなたの隣にハッスル巡礼🈵
楽しくお参りハッスル巡礼🈵
しあわせ降臨ハッスル巡礼🈵
せ〜の〜
ハッスル🌈ハッスル🌈
御不動様☀️
本日もお導き下さり
ありがとうございました😊





明王山 智恩院 慈光寺
平成31年に参拝しました。
不動尊を信仰すれば、その願いが阿弥陀如来まで伝わり、特に亡くなる時には何の心配や苦しみもなく、枯木が枯れるよう
にポックリと人生をおえることができるという信仰が広まり、「ポックリ不動」と
呼ばれるようになったそうです。

北関東三十六不動尊霊場
第三十五番
明王山 智恩院 慈光寺
(弓田ポックリ不動尊)
御詠歌
慈光てら 大慈大悲のみひかは
こころのやみも てらすなりけり

御朱印とあわせていただいた御影です。

通りから集落奥へ続く車一台分幅の道を行くと、目の前が開け、古墳の森が見えてくると同時に、お不動さんを知らせる幟が見えます。
開山は746年、行基菩薩の高弟がこの地を道場として定めたとのこと。
当初は法相宗、のちに天台への宗旨かえ
南都六宗のひとつが、すでにこの地に伝わっていたとは、都と地方の交流が盛んであったことの証左であります。
時代が重なる平将門も、もしや詣でたかもしれない。
お不動さんへの深い信心があると、臨終の際、阿弥陀様が来迎してくださり、死への怖れを除いてくれるという、ぽっくり信仰の地。
大きな樹々、苔むす石仏さまたちが、信仰の長さを物語っております
地元住民の方々のための、古刹です
茨城県のおすすめ2選🎏

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