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楽しみ方慈光寺(弓田ポックリ不動尊)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月21日(火) 07時02分58秒
参拝:2024年1月吉日
茨城県 坂東市 に境内を構える、明王山 知恩院 慈光寺、平将門に所縁の深い寺院でポックリ不動尊の名で有名です、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております 、2024.に 北関東不動尊霊場にて参拝致しました、寺院対応は親切で快く対応して下さり、また訪れたいと思える寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 明王山、院号は 知恩院、寺号は 慈光寺、 宗旨 宗派は 天台宗、ご本尊は 阿弥陀如来、北関東三十六不動尊霊場 第三十五番札所 ポックリ不動尊、天平十八年(746)に、すべての悪魔を退散させ、世の中を平和にし、とされる 衆魔降伏、真理円融の道場として、行基菩薩の高弟が創建。同時に、不動明王が祭られた。当時は、法相宗に属し智恩院と称される。
平安時代にはいると、将門が石井(岩井の前身)に営所を構える。以来、智恩院を鬼門除けの本尊として、また、厄除けの守り本尊として深く信仰していたと伝えられる。鎌倉時代の初め、伝教大師の法孫・俊乃上人が下総に派遣され、岩井市大字大谷口泉福寺を薫ずるに至り、智恩院も天台宗に帰属。そして寺号を慈光寺と改め、今日に至る。戦国時代の末、天正四年(1576年)、下妻城主多賀谷氏と弓田城主染谷氏との激戦の際、戦火に遭ったが、不思議な霊験により、千古の秘仏不動明王の像はいちょうの大木によって、火難を避けられた。 阿弥陀如来は火灰を止めて 阿弥陀堂とともに戦火を回避したが、これ以外の堂宇はすべて焼失。
そこで、不動尊を阿弥陀堂に安置。以来、不動尊を信仰すれば、その願いが阿弥陀如来にまで伝わり、とくに、臨終に際しては苦しみもなく、枯木が枯れるように、ポックリと人生をおえることができるという信仰が広まり、いつしか「ポックリ不動様」と呼ばれるようになった。しかし、明治にはいり信者が増えてきたので、ポックリと諸願が成就するという信仰が着々と広まっていった。これが、通称「ポックリ不動尊」の由来
平安時代にはいると、将門が石井(岩井の前身)に営所を構える。以来、智恩院を鬼門除けの本尊として、また、厄除けの守り本尊として深く信仰していたと伝えられる。鎌倉時代の初め、伝教大師の法孫・俊乃上人が下総に派遣され、岩井市大字大谷口泉福寺を薫ずるに至り、智恩院も天台宗に帰属。そして寺号を慈光寺と改め、今日に至る。戦国時代の末、天正四年(1576年)、下妻城主多賀谷氏と弓田城主染谷氏との激戦の際、戦火に遭ったが、不思議な霊験により、千古の秘仏不動明王の像はいちょうの大木によって、火難を避けられた。 阿弥陀如来は火灰を止めて 阿弥陀堂とともに戦火を回避したが、これ以外の堂宇はすべて焼失。
そこで、不動尊を阿弥陀堂に安置。以来、不動尊を信仰すれば、その願いが阿弥陀如来にまで伝わり、とくに、臨終に際しては苦しみもなく、枯木が枯れるように、ポックリと人生をおえることができるという信仰が広まり、いつしか「ポックリ不動様」と呼ばれるようになった。しかし、明治にはいり信者が増えてきたので、ポックリと諸願が成就するという信仰が着々と広まっていった。これが、通称「ポックリ不動尊」の由来
すてき
投稿者のプロフィール

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宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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