ひたちのくにそうしゃぐう
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楽しみ方常陸國總社宮のお参りの記録一覧
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例年は暦通りのGWですが今年は29日から5日(5日は営業準備のため半日出勤)までの連休です。週末は必ず連休では無い状況なので、今年はゆっくりです。
しかし、せっかくのドライブチャンスも今年は高速割引無し。下道で行く範囲で調べました。
通常なら2時間ほどで行けそうですが、天気も良いためかあちこち渋滞でした。
駐車場も数台だけの静かな雰囲気。本殿に向かうのも他に一組のご夫婦だけ。
駐車場からはいきなり本殿に出てしまったので、随神門を出て手水舎で清めてから参拝しました。
天気も良くて新緑がキレイでした。本殿周りは紅葉の木なので紅葉の次期もステキだと思います。
御朱印は書き入れて下さいました。
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珍しくカレンダー通りの連休が取れたので、東国三社巡り+霞ヶ浦周辺の集印旅行をしてみることにしました。
まずは都から常陸の国に派遣された国司の気分でここに。
というかウチから正攻法で霞ヶ浦方面に行こうとすると、どうしても筑波山の真ん前に出されるため、さすがに筑波山まで寄るとかなりタイトスケジュールになるので、誘惑断ち切るためにあえて筑波の裏を通りダイレクトに石岡へ(^_^;)
總社宮と佐志能神社でちょうど御朱印帳が一冊終わり。 御朱印帳のイラストのような完璧な装束の巫女さんが書いてくれました(*´Д`)
漫画の神様のお守りもゲット、私的にはメルモちゃんかリボンの騎士か奇子辺りが欲しいところですが、まぁ火の鳥でいいでしょうw
もしも手塚先生が神主だったとしたら、やはり「その程度の御朱印、ボクにも書けるんですよ!」とかいろんな寺社に嫉妬しまくったんだろうかとか考えてみたりwww

常陸國總社宮は(ひたちのくに・そうしゃぐう)は、茨城県石岡市総社にある神社。常陸国総社で、旧社格は県社。祭神は伊弉諾尊、大国主命、素戔嗚尊、瓊瓊杵尊、大宮比賣尊、布留大神の6柱。石岡の産土神。
社伝によると、奈良時代の天平年間(729年~749年)の創建であるとしている。当初「国府宮」と称したが、平安時代の延喜年間(901年~923年)に天神地祇の6柱の神を祀り「六所宮」となり、総社制度の確立で「総社」と改めた。創建時は現在の常陸国分尼寺跡付近にあったとされるが、天慶年間(938年 - 947年)に大掾氏(平詮国)が常陸府中(現石岡)に築城した際に鎮守のために現社地に遷したという。室町時代の1440年に太田道灌が奥州征討に向かう途上で当社にて戦勝祈願し、戦勝後、軍配団扇1握と短冊2葉を寄進した。江戸時代になると、1627年に常陸府中藩主・皆川隆庸が現在の社殿を再建、江戸幕府からは朱印地25石を下賜された。明治時代になると、近代社格制度の下郷社に列し、のちに県社に昇格した。昇格紀念の扁額は三条実美の筆。
当社は、JR常磐線・石岡駅の西南西1kmの緩やかな丘陵地の縁にある。境内はわりと広人としていて、社殿や社務所も大きく、ちゃんとした建物の境内社も多く建っている。
今回は、常陸国の総社であることと、式内論社である佐志能神社(染谷)の御朱印を拝受できることから参拝することに。参拝時は週末の午後、参拝時はちょうど菊まつりを開催していたほか、時期的に七五三の時期だったこともあり、祈祷希望者も含め、わりと多くの人たちが参拝に訪れていた。

駐車場にバイクを停めると、この参道だけが見えたのでこちらに進んでみる。他にも何人かこちらに進んでいるので合っていそう。(^▽^)/

赤い燈籠がいくつも出てきたので、徐々に気分が盛り上がる。
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