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ひたちのくにそうしゃぐう

常陸國總社宮

公式茨城県 石岡駅

参拝時間自由。
授与所開所時間 午前9時から午後5時

投稿する
0299-22-2233

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり

真ん中に常陸國総社宮と書かれた御朱印です。夏越大祓の限定御朱印もあります。
ジャングル大帝とコラボした御朱印帳があります。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり。
第1駐車場(参集殿すぐ)20台。第2駐車場(徒歩2分)30台。その他臨時駐車場有。

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惣一郎
2021年11月14日(日)
971投稿

常陸國總社宮は(ひたちのくに・そうしゃぐう)は、茨城県石岡市総社にある神社。常陸国総社で、旧社格は県社。祭神は伊弉諾尊、大国主命、素戔嗚尊、瓊瓊杵尊、大宮比賣尊、布留大神の6柱。石岡の産土神。

社伝によると、奈良時代の天平年間(729年~749年)の創建であるとしている。当初「国府宮」と称したが、平安時代の延喜年間(901年~923年)に天神地祇の6柱の神を祀り「六所宮」となり、総社制度の確立で「総社」と改めた。創建時は現在の常陸国分尼寺跡付近にあったとされるが、天慶年間(938年 - 947年)に大掾氏(平詮国)が常陸府中(現石岡)に築城した際に鎮守のために現社地に遷したという。室町時代の1440年に太田道灌が奥州征討に向かう途上で当社にて戦勝祈願し、戦勝後、軍配団扇1握と短冊2葉を寄進した。江戸時代になると、1627年に常陸府中藩主・皆川隆庸が現在の社殿を再建、江戸幕府からは朱印地25石を下賜された。明治時代になると、近代社格制度の下郷社に列し、のちに県社に昇格した。昇格紀念の扁額は三条実美の筆。

当社は、JR常磐線・石岡駅の西南西1kmの緩やかな丘陵地の縁にある。境内はわりと広人としていて、社殿や社務所も大きく、ちゃんとした建物の境内社も多く建っている。

今回は、常陸国の総社であることと、式内論社である佐志能神社(染谷)の御朱印を拝受できることから参拝することに。参拝時は週末の午後、参拝時はちょうど菊まつりを開催していたほか、時期的に七五三の時期だったこともあり、祈祷希望者も含め、わりと多くの人たちが参拝に訪れていた。

常陸國總社宮の建物その他

駐車場にバイクを停めると、この参道だけが見えたのでこちらに進んでみる。他にも何人かこちらに進んでいるので合っていそう。(^▽^)/

常陸國總社宮の建物その他

赤い燈籠がいくつも出てきたので、徐々に気分が盛り上がる。

常陸國總社宮の末社

最初の境内社は、参道左側の<十二社>。少し変わっているのは、神社の名前ではなく、神様の名前が書いてある。左から須佐之男命、大山祇命、猿田彦命、といった具合。

常陸國總社宮の本殿

参道の右側上方に<社殿>が見えてくる。

常陸國總社宮の本殿

<社殿>全景。拝殿も本殿も大きくて立派。きれいに手入れがされている。

常陸國總社宮の本殿

<拝殿>全景。大きな庇、華やかな外観。

常陸國總社宮の本殿

<拝殿>正面。拝殿がそれほど高くなっていないので、拝殿内がよく見える。普段から昇殿祈祷が多い感じ。

常陸國總社宮の自然

拝殿前の<御神木>。

常陸國總社宮の末社

拝殿前にポツンと建っている<神武天皇遙拝所>。これは珍しい。

常陸國總社宮の建物その他

拝殿近くにある石碑類。

常陸國總社宮(茨城県)

社殿の左側にある<神楽殿>。左右の建物と廊下で繋がっていて、その手前では菊が飾ってある。七五三向けかな。

常陸國總社宮の末社

神楽殿の向かいにある境内社群。左から順に見ていくと、、、

常陸國總社宮の末社

一番左は<松尾神社>。

常陸國總社宮の末社

二番目は<愛染神社>。

常陸國總社宮の末社

三番目は<厳島神社・愛宕神社>。

常陸國總社宮の末社

最後は<星宮神社・香丸稲荷神社>。

常陸國總社宮(茨城県)

神楽殿の左隣にある<社務所>。実は複数階建てになっていて、一番下の階の外側に駐車場がある。

常陸國總社宮の建物その他

社務所の前にある<古井戸>?

常陸國總社宮の建物その他

境内全景。

常陸國總社宮の建物その他

社務所棟の左側にある石造りの立派な建造物。宝物庫のようなものかな?

常陸國總社宮の山門

門があるのでくぐってみると<隋神門>。あれ?やっぱり参拝順序が完全に逆では?(^_^;)

常陸國總社宮の建物その他

隋神門の前の敷地も広く、<相撲場>がある。

常陸國總社宮の末社

ポツンと建っている境内社。

常陸國總社宮の手水

しっかりとした屋根付きの<手水舎>。

常陸國總社宮(茨城県)

こちらが駐車場。この左方向に進んだがこれは不正解で、右側の坂道を登って行くのが正解だったみたい...(^_^;)

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例祭・神事

1月 元旦祭、新年特別祈願祭
2月 節分祭、祈年祭
3月 神武天皇遥拝式、春季慰霊祭、の祭り
4月 交通安全特別祈願祭
5月 御田植祭
6月 夏越大祓・茅の輪くぐり神事
7月 祇園祭、青屋祭
9月 例祭(15日)、神幸祭、奉祝祭、還幸祭
10月 観月祭
11月 總社園遊会、七五三祭
12月 新嘗祭、寒中禊、師走(歳越)大祓

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歴史

略記
1300年もの昔、現在の石岡市は常陸国の国府が置かれ繁栄を極めておりました。国府の長官たる国司が新たに就任すると、国内の神々を参拝するのが習わしでした。その社の神を一箇所に集め祀ったのが総社だと考えられています。
社伝によれば聖武天皇の天平年間、勅命によって天神地祇六柱を国内六府の地に勧請合祀し、
国家の鎮護、皇室の御守護、民衆の幸福を祈願したとございます。当神社は六所明神を御祭神とする最も古い総社のひとつと称え奉られております。中世には一宮鹿島神宮と並び、事ある毎に鎌倉将軍家より奉幣がございました。社宝「総社文書」は当時を記す貴重な史料です。時代は下り戦国時代には大掾氏をはじめ武家の崇敬篤く、永享年間には太田道灌が奥州下向の際に、参籠祈願を行い和歌を残し、軍配を奉納いたしました。旧社格・県社。

例大祭(石岡のおまつり)
9月15日と敬老の日を最終日とする3日間は「石岡のおまつり」と呼ばれる当宮の例大祭。重さ約1トンの大神輿をはじめ、40基ほどの山車・幌獅子が練り歩く勇壮なお祭りには毎年50万人もの見物客が訪れます。

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常陸國總社宮の基本情報

住所茨城県石岡市総社2-8-1
行き方

JR常磐線石岡駅から徒歩20分

アクセスを詳しく見る
名称常陸國總社宮
読み方ひたちのくにそうしゃぐう
通称そうしゃぐう
参拝時間

参拝時間自由。
授与所開所時間 午前9時から午後5時

参拝にかかる時間

30分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

真ん中に常陸國総社宮と書かれた御朱印です。夏越大祓の限定御朱印もあります。
ジャングル大帝とコラボした御朱印帳があります。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0299-22-2233
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
メールアドレスsoushagu@poplar.ocn.ne.jp
ホームページhttp://sosyagu.jp/
おみくじあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神《主》伊邪那岐命,須佐之男命,邇邇藝命,大国主命,大宮比賣命,布瑠大神
創建時代平安期
文化財

常陸國總社宮例大祭(市指定無形民俗文化財)
本殿(市指定文化財)
漆皮軍配(伝太田道灌奉納・県指定文化財)
漆皮軍配(伝佐竹義宣奉納・県指定文化財)
常陸総社文書(県指定文化財)
扁額三十六歌仙絵額(県指定文化財)

ご由緒

略記
1300年もの昔、現在の石岡市は常陸国の国府が置かれ繁栄を極めておりました。国府の長官たる国司が新たに就任すると、国内の神々を参拝するのが習わしでした。その社の神を一箇所に集め祀ったのが総社だと考えられています。
社伝によれば聖武天皇の天平年間、勅命によって天神地祇六柱を国内六府の地に勧請合祀し、
国家の鎮護、皇室の御守護、民衆の幸福を祈願したとございます。当神社は六所明神を御祭神とする最も古い総社のひとつと称え奉られております。中世には一宮鹿島神宮と並び、事ある毎に鎌倉将軍家より奉幣がございました。社宝「総社文書」は当時を記す貴重な史料です。時代は下り戦国時代には大掾氏をはじめ武家の崇敬篤く、永享年間には太田道灌が奥州下向の際に、参籠祈願を行い和歌を残し、軍配を奉納いたしました。旧社格・県社。

例大祭(石岡のおまつり)
9月15日と敬老の日を最終日とする3日間は「石岡のおまつり」と呼ばれる当宮の例大祭。重さ約1トンの大神輿をはじめ、40基ほどの山車・幌獅子が練り歩く勇壮なお祭りには毎年50万人もの見物客が訪れます。

体験祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬結婚式七五三御朱印お守り祭りアニメなどサブカル武将・サムライ伝説花手水

Wikipediaからの引用

概要
常陸國總社宮、常陸國總社宮(ひたちのくにそうしゃぐう)は、茨城県石岡市総社にある神社。常陸国総社で、旧社格は県社。 社名には新字体の「常陸国総社宮」の表記も用いられるほか、別称として「總社神社、總社神社(そうしゃじんじゃ)」とも称される。石岡の産土神であり、地域住民からは「明神さま」とも呼ばれている。
歴史
歴史[編集] 社伝によれば、奈良時代の天平年間(729年 - 749年)の創建とされる。ただし『石岡市史 下巻』では、総社の制度が確立したのが平安時代末期であることから疑問を呈している[1]。 当初の社名は「国府の宮」であったが、延喜年間(901年 - 923年)に天神地祇(てんしんちぎ)の6柱の神が祀られるようになって「六所の宮」となり、さらに「総社」(古代の読みは「そうじゃ」[2])に名を改めた[3]。また創建当初は現在の常陸国分尼寺跡付近にあったとされるが、天慶年間(938年 - 947年)に大掾氏(平詮国)が常陸府中(石岡)に築城した際に鎮守のために現社地に遷したという[4]。神...Wikipediaで続きを読む
引用元情報常陸國總社宮」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%B8%B8%E9%99%B8%E5%9C%8B%E7%B8%BD%E7%A4%BE%E5%AE%AE&oldid=89938960

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